憂国の思い」カテゴリーアーカイブ

慶賀 八十一歳をお迎えあそばした 陛下

買い物に行けば店はクリスマス色。レジの女性はサンタ帽をかぶりBGMはジングルベル。
ラジオもテレビも話題は明日24日のことばかり(キリスト教徒でもないだろうに)。

クリスマスに大騒ぎしてはしゃぐ奇妙な習慣も、儲けたい商売システムとして割り切れば我慢できる。イベント依存症の現代日本に於いてハロウィンだろうがXマスだろうがみんな同じ「商戦」に過ぎず、西洋の習慣を安っぽく真似ることの無意味さに誰も疑問も持っていない。

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では本日23日はどうなのかといえば、軽薄な商売Xマスとは全然意味が違う。
そもそも天皇陛下のお誕生日こそ我ら日本人にとっての「クリスマス」のはずではないか。

にもかかわらず自分の国の一番大切な日を放ったらかしにして(休みだけは享受しておいて)遥か遠い西洋のキリスト祭に日本中が浮かれているなど、まったく沙汰の限りだ。

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2014衆院選を終えて 〜 逆境に奮い立つ勇気

■ 絶望的な戦い しかし「次世代の党」は死なず

「終わったなあ…」とひと息つきました。昨夜は開票速報をテレビで見ながら何度も眠りに落ちかけました。疲労感と脱力感が身を包んでいます。
終わってみれば一炊の夢。出馬を決心した11月23日が昨日のことのように思い出されます。
私自身も準備ゼロのいわば飛び入り参加で、また「次世代の党」の名前も国民にほとんど知られていない絶望的な状況で突入した選挙戦でした。

選挙結果は自民党の圧勝。民主党が微増(しかし海江田党首が落選)、共産党が倍増する奇妙な現象が起き、そしてわが次世代の党は19から2議席へと大激減の惨敗となりました。

この結果は仕方ないと思います。あまりにも急な解散総選挙で準備は全くできておらず、我々のような新しい政党にとってはどうしようもない条件でした。二年後の衆院選を睨んで国民への周知を図ってゆく計画が完全に崩れ、次世代の党は壊滅寸前まで追い込まれてしまいました。

次世代の党は国会で鋭い質問を連発して日本復活への実績を挙げてきました。これを恐れたアメリカが安倍政権に圧力をかけたかもしれません。つまり「次世代潰し」の狙いです。

我々「次世代の党」はこの消えゆく日本を救うために生れた希望の光です。私たちが諦めたらそこで日本は終わってしまう、絶対に諦めてはならないと改めて強く思います。
私の胸中には、69年前戦争に敗れて壊滅状態に陥ったわが国の歴史がオーバーラップするのです。あの破壊された国土の中で、祖国再建を諦めなかった私たちの先輩達の気持ちを思い勇気を奮い起こします。

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「次世代の党」正式発足 〜 真の「日本国」の政治が始まる

「次世代の党」結党(公式サイトから転載)

9月16日に都内のパレスホテルで「次世代の党」結党式が行なわれた。

石原慎太郎最高顧問、平沼赳夫党首、山田宏幹事長各氏による結党の挨拶と趣旨説明のあと、期待される若手議員による今後の抱負が披露された(過剰な演出臭には苦笑させられたが)。
この政党の誕生は日本国の将来に大変重要な意味を持っている。私自身、多少関係を持つ人間としての思い入れもあるので、下記2本の動画を紹介したい。

【9.16「次世代の党」結党大会[桜H26/9/17](約11分)】
【衆議院議員 三宅博「次世代の党」の使命、自主国家と拉致問題について[桜H26/9/17] (約10分)

■ 国を憂う気持ちで行動した日々

私は2011年「たちあがれ日本」(平沼赳夫代表)の次世代人材育成塾「かけはし塾」に参加した者である。
当時は鳩山・菅・野田の三氏が首相の座を弄した民主党政権下で、わが国は紛糾と混乱を極めていた。
東日本大震災における菅首相の幼稚で無責任な言動は、多くの国民に大きな衝撃と危機感を与え、無名の一国民の私は「これでは本当にわが国の将来はない、黙っていられるか」と危機感に燃えて、民主党打倒の戦いに身を投じた。
あのときのわが国は「戦時に等しい非常事態」にあったと思う。私は憂国の志願兵の気持ちだった。

その後「たち日」は石原新党「太陽の党」に移行し、大阪の橋下徹氏と「日本維新の会」を合流発足させ、天下分け目の12月の衆院選に突入した。
私は「維新の会」事務局に入って後方支援で戦った。結果は自民党118→294議席の圧勝で第二次安倍政権が誕生した。民主党は230→ 57と惨敗、日本維新の会は11→54議席と躍進した。

その後の安倍政権の着実な実績をみるにつけ、2012衆院選は真実、時代の大きな節目であったと思われてならない。
幼稚で欺瞞的な戦後日本の象徴たる民主党政治に、日本国民が堪忍袋の緒を切り訣別状を叩き付けた瞬間だったのだ。
私はその時以来政治の現場から離れたが、大きな勉強をさせてもらったと思う。また今後も変わらず日本のために自分が何をするべきかを考え、それを軸に生きて行こうと思っている。

卒塾式で平沼赳夫代表と(平成24年)

卒塾式で平沼赳夫代表と

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安倍改造内閣に思う 〜 日本と世界の現実について

■ 留任した閣僚ポストが示す安倍政権の強い願い

第二次安倍内閣が発足して2年弱、初めての内閣改造が行なわれた。2年後の任期満了まで貫く強い意志を改めて示した改造であることは重要な閣僚を留任させていることで明らかだ。

特に麻生財相、岸田外相、下村文科相の三人と、菅官房長官の留任は意義が大きい。
国力(財政)を充実し、欧米に偏屈しない広域外交で安全保障を強化し、日本人としての健全な精神生活を取り戻す。そして全体としての「日本を取り戻す」そんな願いを体現していると思う。

■ 安倍政権に抱く焦燥感 〜 「本心はどこにあるの?」

もちろん安倍政権の政策の中にはかなり問題があると思うことも確かだ。
首相が最重要と公言する経済政策においては、明らかに景気回復の妨げとなる8%増税を強行、さらに来年は10%にしたいと言う。法人税の軽減は大企業の利益に資するが、その実益は外国人株主に回るだけで、一番必要な日本の中小企業には回って来ないだろう。

また女性の社会進出が足りないなどと社民党みたいなことを言うのも首を傾げざるをえない。
配偶者控除の廃止、女性管理職の義務化などの政策を打ち出しているが、いったい何をしたいのか。もちろん有能な女性を登用することが望ましいことに異論はないが、だからといって女性一般を対象にした税制変更や企業への義務化などは行き過ぎであり有害であろう。
それに男性ではもう社会はよくならないと勝手に決めつけているようにも聞こえるではないか。

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原発とマスコミと

北海道電力はこの10月、電気料金値上げを経産省に申請するという。
「(全契約者)平均で17.03%の値上げ」だというから溜め息がでる。

家計のことはどこの家も同じだから今さら何も言うまい。私の溜め息は日本社会が今陥っている大きな構図に対してである。電気料金の値上げは原発をストップしているせいだ。

なぜ再稼動させないのか?大声で強く文句をいう反原発の連中が怖いからである。
彼らの理不尽な文句にビビるのはなぜか?選挙で負けるのが怖い自民党議員が多いからである。
なぜ再稼動すると選挙で負けると思うのか?公明党(創価学会)が原発反対だからである。
なぜ公明党が関係あるのか?自民党は創価学会の票で当選している議員が多いからである。
なぜ公明党は原発反対なのか? 核アレルギーを習性にする戦後日本人に媚びているからである。
なぜ戦後日本人は核に対して過剰反応するか? 原爆をすぐに連想するように教育されたからである。
なぜそんな教育をされたのか?日本に核を持たせず、永遠に米国の従属国にしておくためである…
(もういいかな?)

私の見解はともかくとして、現在の状況では原発なくしては産業が衰亡し国民生活が破綻する。
眉をつり上げて「100%の安全を確保しなきゃダメ」などと駄々をこねる時間はないことは確かだ。 続きを読む

「慰安婦」を捨てて逃亡する朝日新聞

■朝日新聞が打った保身の一手

よほど追いつめられたのか、或は手に負えなくなる前に先手を打ったのか —
朝日新聞が自分で火付け役となった「従軍慰安婦の強制連行」説を取り下げた。

「朝日新聞、慰安婦問題で一部反省 吉田証言「虚偽と判断し記事取り消します」(産經新聞)

■「旧日本軍が朝鮮人女性を強制的に拉致して性奴隷として働かせた」?

こんな悪質なデマがいつの間にか世界中に拡がっているのをご存知だろうか。
これは、国内の反日分子と韓国政府が結んで長年にわたり執拗に行なってきた情報工作の成果なのだ。

2007年アメリカ下院で日本に対して慰安婦への謝罪を求める決議が採択された。
そしてグレンデール市やニュージャージー、ブエナパークなどアメリカ各地で「慰安婦の像」が建立され、現地の日本人子弟が学校で陰湿ないじめに遭うという深刻な事態がおきている。

国連人権委員会でもこのデマが真実として定着し、『日本政府は「性奴隷」を認めて謝罪しろ、女性の人権を守れ』などと頓珍漢な苦言を発するという馬鹿げた状況になっているのだ。 続きを読む

W杯敗退について一考

荒波の向うに一縷の光

荒波の向うに一縷の光/根室・納沙布岬

ブラジルW杯一次リーグ、日本は残念ながら敗退した。
最後のコロンビア戦についてのメディアや批評屋の記事がネットに踊る。
類似した記事は沢山あるので、目についた部分の感想をのべてみたい。

「なさすぎた勇気…ボール遊びだった日本」
「彼らは本当に「サムライ」を名乗る資格があるのだろうか。勝負を懸けた戦いだからこそ、刺し違えてでも相手を倒す気構えが必要だったのではないだろうか。」
「限りない不完全燃焼感。日本の勝利を信じて見守った多くの人の目にも、この日のサムライブルーが本当に戦ったとは映らなかったはずだ。」

こうした言い方は少し度が過ぎていよう。「限りない不完全燃焼」といっても、これが日本チームの現実だった。
現実を認めずに「まだ燃焼できたはず」とはちょっと未練がましい。

また「刺し違えても相手を倒す気構え」とは勇ましいが、言うは易しだ。
「サムライを名乗る資格は…」といってしまったら今の日本人の誰にも名乗れないと思う。
つまるところ勝敗の結果だけに囚われて鬱憤をぶつけるだけの、ライターの自己慰撫の「言葉遊び」に思える。

ところで、4年の間厳しい練習を経てきた選手達はこの敗戦を受け止めて、
「応援してくれた日本の人たちに申し訳ない」と記者の質問に答えていた。
その姿に私は胸を打たれたし、同時にある連想をした。
今日はサッカーと重ねてそのことを述べてみようと思う。 続きを読む

「日本」が生きていたあの時代を思う日

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「昭和の日」4月29日、私は国旗を掲出して神棚にお塩とお米を捧げた。

菊の花を飾り、日本会議制作のDVD「昭和天皇」を観賞した。
(このDVDは実によく出来ており、見るたび感動で目から鼻水が出る)

昭和は「日本国」が生きて稼動していた最後の時代だったのかと思う。
妙な言い方だが、私は平成日本を「日本国」と思えないのである。 続きを読む

「宮本武蔵」について一言

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中学二年で初めて吉川英治「宮本武蔵」を通読して以来、わが座右の書である。
この吉川先生の作品がわが人生に与えたものは実に大きかったと思う。

本当に強いということは、どういうことなのか?
吉川「武蔵」はそれを一貫して突き詰めている。
これは果てしない精神修練の物語であり、厳しさを己に課すことの尊さを教える物語でもある。

武蔵の剣はひたすらなる厳しい人格的修練の上に築かれていった。
それは原作小説においても、宿敵佐々木小次郎との勝敗を分けることになった。
小次郎の天才的鋭利は、武蔵の全人格的重厚に敗れたのだ ―と 。
言葉で明記されずとも、武蔵と小次郎の人生描写を通じて、読者はごく自然にそれを感得する。
人生の価値は精神の修練にこそあると、我々は「武蔵」を通じて自然に悟らされる。 続きを読む

紀元節(建国記念の日)の一考

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今年も日本会議の建国記念奉祝式典に参加したのだが、小さな異変があった。
参加者が予想以上に多く、会場の椅子が足りなくなっていたのである。

去年までは後方の席はずいぶん空いていたはずだ。
この式典はその性格上「にわかブーム」とは無縁だから、
参加者は毎年ほぼ変わらないだろうと思っていたのだが
どうも様子が違う。中でも若い世代が増えているように見えた。

若い世代が日本の物語を知りたがっている――!
それは二日前に投開票された東京都知事選でも感じられたことだった。 続きを読む