憂国の思い」カテゴリーアーカイブ

つゆしぐれ東北の旅

※ 8/21「昨今の状況について」に続いてUPしました!

🔹日本の原風景

空気のこわばりに、負けてたまるものか!というわけではありませんが
梅雨のさなかの6月末から二週間ほど、東北地方を歴訪して参りました。

二月以来の東北行脚です。(五月も予定がありましたが、空気に鑑みて自粛しました)
私にとって東北地方の魅力は何気ない普段の風景にあるのです。

美しい里山と杉林、神秘的なブナの森、深く青い湖沼の数々
青空を映して広がる水田、畦道に咲くツメクサ、蛙の声。
峠の紅葉を照らす夕日、落葉が倒木に溜まった晩秋の川の静けさ。
野山が雪に埋まる冬、吐く息も凍る寒さ。雪に点々と動物たちの足跡
雪解け、朝露の輝く小さな花芽、やがて夢おぼろに咲き匂う 山桜たち

東北の四季の光と風には、なつかしい匂いがいっぱいです。
それは祖先から受け継いだ「本能的な喜び」を呼び覚ます気がするのです。

日本好きの外国人は、有名観光地よりも田舎のなにげない風景に魅力を感じるそうです。
彼らの感性が偶々日本人に近いというよりも、世界に稀な日本の風土の理想的な快適さに
一度でも日本を知れば、誰でも日本に住みたくなるのだと思います。

山間の田と桜(東由利)

奥入瀬渓流の秋(十和田)

内陸線列車(仙北)

🔹関東・東北が「日本の起源」

「私はとりわけ、縄文・弥生時代の日本列島の人口分布の推移に着目しました。
縄文時代を通じて、日本列島の人口は、その90%が関東・東北に集中していました。
日高見国は、まさにこの人々の国であり、古事記・日本書紀に描かれた神話は、まさにこの人々の歴史だと考えます。
日本の中心は日高見国として関東・東北にありました。高天原は関東にあり、アマテラスは関東を本拠とする太陽神であり、国譲りは関東勢力による統一事業であり、天孫降臨は関東から西国に向けて行われた遠征事業であり、神武天皇の東征は九州を起点とする戦略をとった関東勢力による再統一事業と思われます。
これらの論はすべて、この2〜30年に発見された、あるいは明らかにされた事実、事物を根拠としています。統一事業は、大陸の政治的情勢ともリンクしています。日本の神話には、実に歴史が描かれているのです。いままでの日本の歴史は、ここから大転換することになるでしょう。」
(田中英道 著『日本の起源は日高見国にあった』P19-20 序章より抜粋)

田中英道先生の著書から、少々長く引用させていただきました。東北は日本の原郷なのです。
学問的検証をしっかり経たこの田中説に私は強い感銘を受けました。
縄文日本は遅れた原始時代ではなく、世界の人が憧れてやってきた「太陽の昇る国」でした。
縄文土器が、環太平洋の島々や北米、南米、さらにアフリカで出土している事実を教科書に載せるべきだと思います。縄文の日本人は世界中とつながり往還していたのです。
祖先の姿を知ることは、自分の中に歴史的な時間軸とのつながりをもつことです。
それは心を安定させ、健全な心の成長に欠かせないものではないでしょうか。

然るに、戦後の自虐教育は日本人から歴史への誇りと感謝の気持ちを奪いました。
今や多くの日本人が「金に頼るしか生きる道はない」と思っているように感じます。
縄文弥生の日本人は世界に先駆けて高度な文化をもち、平和な祭祀国家を作っていたという事実は、私たちに自信と勇気を与え、祖先への素直な尊敬を思い出させてくれます。
それこそが私たちの心の復古再生であり、日本の将来を明るくする道だと信じているのです。

🔹今回の旅で生まれた作品

そんな東北地方への思いを胸に旅の中で出会った「日本」をご紹介します。

🔴 くろくまの滝(青森・白神山地)

高さ85m 青森県内で最大級の滝

観音菩薩の合掌姿として信仰されてきた

🔴 月山の夕暮れ (山形・鶴岡市)

月山八合目より日本海を望む

🔴 森吉山/花と子グマ (秋田・阿仁)

コイワカガミ(森吉山ヒバクラ道)

雨の夕方 子グマに出逢った

🔴 羽黒山/五重の塔(山形・鶴岡市)

雨の羽黒山にて/平将門の創建と伝わる五重塔

🔴 十三湊とさみなとの夕暮れ (青森・十三湖)

津軽十三湊の黄昏/鎌倉期、安東氏のもとで隆盛した北の港

昨今の状況について

🔹「日本では集団免疫が達成されている」説

豪雨の七月は去り、八月の声とともに熱暑がやってきた。
今度は「自宅での熱中症」が心配されているようである。

武漢肺炎(新型コロナ)は冷静に見てほぼ終息フェーズに入っているようだ。
京都大学の上久保靖彦先生いわく、日本人は既に有効な集団免疫を達成している。
第二波は来ない、あるいは来ても感染拡大は抑えられるとのことである。
こうした嬉しい知見や情報を、テレビも新聞も、政府も出してこないのはなぜか。

(参考動画)特番『衝撃!日本では既に”集団免疫が達成”されている!?』ゲスト:京都大学大学院医学研究科特定教授 上久保靖彦氏

🔹知らされない「コロナ後の世界」構想

ご存知のように、メディアは毎日執拗に「コロナの恐怖」を煽り続けている。
連日「●●で感染者が●●人増加!」と煽られ、国民全体が非常な心理的圧迫を受けている。
空気に逆らう者は「非常識」とされ、時には不心得者の暴力沙汰すら起きている状況は
戦時中にありがちな狂熱と同じく、完全に冷静さを欠いている。

メディアが一方的に「恐怖」を煽り立てるのは、終息しては困るからだ。
コロナ騒動を出来るだけ長引かせたいのは、英米のユダヤ系国際金融勢力である。
製薬会社に開発資金をつぎ込み(例:富士フィルム)新ワクチンの臨床試験と販売を独占(例:ファイザー、アストラゼネカ)するなど、まるでコロナ騒ぎが起きるのを以前から知っていたかのように、着々と進めている。(恐らく知っていた節がある)

そして世界の主要国が申し合わせたように、次のような「社会破壊実験」を行っている。
この奇妙な一致、不自然さにも、彼ら金融勢力が長年かけて各国の政財界に浸透し、作り上げた政治的影響力の強さ、そして練り上げてきた周到な大戦略の匂いがする。

●その1 「感染の恐怖」をメディアを使って煽る(経済を麻痺させ、国体を破壊)
人々の思考を縛り行動を制限する。経済全体が麻痺しGDPは落ち込み、世界同時不況が深刻化、泥沼化する。企業倒産が続出し、国際金融勢力がそれらの資産や権利を買い叩いていく。やがて国民経済は丸ごと外資に乗っ取られる(主幹産業が海外投資家に支配される)

●その2 「社会的距離ソーシャルディスタンス」の強制(三密回避の名の下に 精神を疲弊させ、人間関係を破壊)
人と人を強制的に距離を取らせ、相互に不信感、警戒心を日常化させて親密な関係を壊す。
孤独感と不安に追い込む。人格形成を阻害し家族関係の根底を崩す。民族の文化伝承の断絶。歴史に根ざした安定した国家の解体を目指す。

行く末は、共同体や国の意識のない乾いた「個人」の競争・闘争社会になるであろう。
そのような社会には道徳も育たないので、結果として「金と法」だけが支配の正統性をもつ。
すなわち国際金融勢力が永久に圧倒的に支配する、恐るべき世界が出来上がる筋書きだ。
つまり最終的には、全人類の奴隷化である。(ユダヤ教の千年王国思想を連想させる)

🔹世界政府樹立という「見果てぬ夢」

ユダヤ人でグローバリストのジャック・アタリ氏は先般のNHK番組でうそぶいていた。
「人類はあまり賢くない」だから「恐怖によってのみ、人類は進化するのだ」と。

その本意は「少数の我々は、恐怖をもって人類を支配する体制を確立する」である。
彼らは本気なのだ。いま世界を襲っている未曾有の経済恐慌がその証拠である。
恐怖で人類を支配する、それはまさしく共産主義国のやり方そのもの。
NHKはアタリ氏のご高説に感嘆してひれ伏すだけで、疑問のひとつも呈さない。
完全に彼らの宣伝機関となっている。

ビッグデータの集積とAIによる情報管理、5Gの通信技術、デジタル通貨(CBDC)構想…
水面下で急速に進められているこれらの動きの、真の目的が報道されることはないだろう。
だがこれらは、少数勢力が60億の人類を効率よく管理するための巨大システム作りと考えて間違いないだろう。すでに各国中央銀行ではデジタル通貨導入に動き始めているのである。
(参考記事)
日銀がCBDCに本腰、「デジタル通貨グループ」を設置

日銀がCBDCに本腰、「デジタル通貨グループ」を設置 「骨太の方針」閣議決定の直後に【中央銀行デジタル通貨】

世界統一とはどういう状態のことだろうか?…それは 民族も国もない、市場のみの世界
文化も歴史も、精神も信仰も失われて、ただ食欲や物欲だけに生きる野蛮な世界
この百年の間に、世界は確かにそのような方向で進んできていた。
今回の騒動に乗じて、その最終的な完成に向けて、いよいよアクセル全開というわけだ。

トランプ大統領は、その国際金融勢力の野望を挫くために文字通り命がけで戦っている。
だからこそ、世界中のメディアから全方位攻撃を受けて叩かれているのである。
だがこの戦いは、現状でトランプ氏の側に有利なようだ。世界の人々が声を上げ始めている。
「世界統一政府など、冗談じゃない!」と。左翼ユダヤの陰謀はすでに全世界に露見した。
11月3日のトランプ再選を、世界の健全な愛国者たちが願っている

この世界の緊迫した状況を、日本国民は何も知らされていない。つんぼ桟敷である。
日本国民の多くは、メディアがグローバリストに牛耳られているという認識もなさそうだ。
有名な 池●●氏は民放番組で「経済より生命です。私たちはこれまでの経済重視を反省すべきです」と言っていた。実態を無視した無責任な感情論だ。彼はあちら側の工作員なのだろう。
いわゆる「著名人」を使った洗脳工作が、テレビで朝から晩まで行われている。

これが戦後75年の間、日本が置かれてきた情けない現実なのである。
だが「知らぬが仏」…で済む話ではない。目を覚まさなくては、我々に未来はない。

🔹皆様にお伝えしたいこと

みなさん、コロナ報道を疑ってください。メディア報道は確信犯です。
今は日本各地でPCR検査を増やしているから、当然、陽性判明者の数字自体は増えています。
しかしもう我々に免疫があるのならば、武漢コロナはインフルエンザ程度だとのことですし
実際に死者の数はほとんど増えていません。皆さんの身の回りにもいないでしょう?
テレビでなく現実を見てください。「新しい生活様式」など不要なのです。
今こそ落ち着いて、自分の頭で考え、日本人らしい生活を粛々と守らなければ、将来は国がなくなるかも知れない。戦後最大の戦いが、もう始まっているのです。

終わり

武漢ウイルスのこと

世の中はまさに新型コロナウイルス一色です。
今年のお正月の時点で、いったい誰がこのような事態を予想できたでしょうか。
もし12月の段階で武漢で感染者が発生したぞ、と警鐘を鳴らしたとしても
誰も気に留めなかったのではないか、それだけ急な出来事だったとは思います。

今般9日からようやく中国全土からの入国制限をかけましたが、遅すぎました。
亡くなられた方やお身内の無念を思うと胸が痛みます。
そしてこの武漢ウイルス流行は人災だから、なおさらです。

🔶人災である理由 その⑴ 中国共産党が開発していた生物兵器だったこと

このウイルスは人工的に作られたということが科学者たちに指摘されています。
武漢のP4研究所で遺伝子を操作された「SARS+エイズ」の特性をもつ殺人ウイルスです。
感染力、毒性ともに強く、免疫力を下げたり自己変化したり、つかみどころのない難物です。
なぜ研究所から漏れたのか、意図的なのか事故なのか、すべて謎ですが・・

(参考リンク)生物兵器と言われても信じられない方も多いと思います、ぜひご覧ください。

  1. 欧州のウイルス専門家、新型コロナウイルスに「消すことのできない人工的痕跡」(大紀元   2020年02月13日 15時28分)
    https://www.epochtimes.jp/p/2020/02/51700.html
  2. 2020/2/14(金) 藤井厳喜×坂東忠信×居島一平【虎ノ門ニュース】抜粋
    https://www.youtube.com/watch?v=tDCqRJSIAMM

  3. 中国・武漢で発生した「新型コロナウイルス」について解説します。(藤井厳喜の「ワールド・フォーキャスト」※1月26日撮影)
    https://www.youtube.com/watch?time_continue=1&v=ZOB5I_ADF9I&feature=emb_logo

軍事機密なので詳細なデータを出さない中国共産党政府(P4研究所を爆破し証拠を隠滅!)
その中国に経済を依存するエチオピア出身のWHO事務局長が、非常事態宣言を遅らせたこと
WHOの非常事態宣言を待っていて対応が遅れた日本政府の危機管理能力のなさが露呈・・

軍事と政治経済の事情が絡み合って事態を悪化させてしまった、まさに人災です。

 

🔶 人災である理由 その⑵ 防疫の失敗は 財界の中国依存体質が原因である

「まず何よりも、発生源の中国からの入国者をシャットアウトしろ!

しかし日本政府はこんな当たり前のことが出来ませんでした。

1月には92万人、2月の春節では35万人の中国人観光客が来日したそうです。
感染可能性のある彼らが無防備な日本各地を訪れることを許していた・・
その一方で、自国民にはマスクして、外出は控えて、学校は休み、集会イベントは延期して。
順序がおかしい。まったくおかしい。これはいったい何でしょうか?

一番の元凶は、わが国の経済界が中国ビジネスに過度に依存して来たことでしょう。
とにかく中国を刺激するな!という彼らの声を安倍首相は無視できなかったのです。
自民党内の中国ビジネスに利権をもつ議員(二階幹事長ら)の声もあったことでしょう。

安倍首相は判断を誤ったのではなく、正しいことを断行できなかったのだと思います。
じつに残念です・・結果として入国拒否の時期を逸した責任は大きいです。
ここからは、完璧を期して頑張って頂かなくてはなりません。

現在、中国に進出している日本企業の社員や家族は、現地に約12万人いるそうです。
そのうち武漢にも数万人。この方達をどう助ければいいのでしょうか?

「中国からの入国拒否は彼らを見捨てることになる、この決断をしたくない日本政府は先延ばしを続けてきたのではないでしょうか?」(馬渕睦夫大使 談/[桜無門関]R2/2/27)

この残酷な局面、安倍首相や官僚の苦悩・逡巡を責められるでしょうか?私は否です。
誰が首相でも同じであり、安倍内閣だから失敗したのではありません。

結局、元凶は目先の利益追求にかまけて危険を無視してきた経済界の甘さだと思います。
反日暴動で店舗や工場が襲われたり、日本企業の社員が拉致監禁されたり・・
過去、何度か中国でそうした痛い目に遭って来たのに、彼らは何も学ばなかったのですね。
トヨタなど日本の大企業がいまだに中国に進出し続けている愚行はその証拠です。

経営者たちの「まあ、何も起きないだろう」という無責任さ、認識の甘さが今日の「12万人の人質」を作り、中国への忖度を政府に強要したのだと言わざるを得ません。
ウイルスの防疫失敗の本質は、日本の経営者たちの拝金主義にあると私は思っています。

🔶「平和憲法」守って国滅ぶ・・悪夢のような馬鹿げた事態に

殺人ウイルスの国内侵入は国民の命にかかわる「国防の危機」です。
多くの国では軍で生物兵器対策をしているので、今回のウイルスへの対応は早かったのです。しかし長い間 こうした危機を真剣に考えてこなかった日本だけは哀れな姿をさらしました。

軍隊を持たず自国の安全を「諸国民の信義と公正に信頼」する我らの「平和憲法」には
緊急の事態において私権を制限できる「非常事態条項」がありません。
つまり戦争や天災や疫病流行などの国家的有事においては、平常時の法的秩序を一時停止し、政府に権限を集中して迅速に対応するべきですが、現憲法にはその用意がないのです。

加えてわれわれ国民の公への責任感欠如、己の生活のことだけ考えるような習慣も問題です
国民が己の事情を優先して意思統一できなければ、政治家や官僚は決断も行動もできません。

危機を危機と認識しない、被害が出るまで動かない、どう動いていいか分からない・・
「一国の政治レベルは、その国民のレベルに比例する」といいます。
まさにその通りだと痛感しています。

🔶  国際的な信用を落とした日本に襲いかかるものたち

残念ながら、いま日本は一部の外国からすでに「感染国」とみなされています。
日本人の入国禁止あるいは日本への渡航禁止の措置が世界中で取られるようになれば
五輪開催など到底不可能ですし、経済活動のさらなる失速は避けられません。
せめて「消費税の一時停止あるいは廃止」など思い切ったテコ入れが必要だと思います。

中国は今回の責任をなんと日本に転嫁しようとしています。
「世界に拡大させたのは日本の稚拙な対応だ」と言い出しているのです。盗人猛々しい。

また横浜でのクルーズ船対応への批判を利用して、英米の船保険会社による莫大な賠償金訴訟が準備されていると聞きました。(上掲/馬渕大使談)なんとも狡猾極まりない発想です。

かように国際社会は常に自国を守るために、そして金儲けのために機敏に動いているのです。
いつの間にか日本だけが悪者にされて金をむしり取られることになりかねません。

第一段階の「防疫」は失敗でしたが、第二段階の「事後処理」では失敗は許されません。
日本国家の浮沈はいまや「霞ヶ関官僚の愛国心と勇気」にかかっていると言えましょう。
国を守る戦いです。絶対に負けられない。国民も心を合わせて彼らを後押しするときです。

この期に及んで、品薄のマスクを買い占めて転売する醜いみみっちい輩が時々います。
こういう奴らはとっつかまえて尻を百叩き、頭を丸坊主にしてやるくらいの気合が欲しい。
現在まだ感染被害が拡大している中で楽観的なことは言えませんが・・
この危機が
「金狂い」だった日本人たちを正気に引き戻すきっかけ
になれば、不幸中の幸いかもしれません。

波乱の向こうに 令和の夜明け(2)

今回は 昨年秋の消費増税(8%から10%へ)の件を通じて
素直な思いを綴ってみたいと思います。

🔹国益を無視した増税

長期不況下の増税はいうまでもなく国民経済の自傷行為です。
これはいったい誰のための増税なのでしょう?
今回、メディアも野党も経済界もほぼすべて「増税に賛成」でした。
この理解不能な状況の裏には外国勢力が関係していると見るべきでしょう。

我々のお財布から今後2%増で出て行くお金は、まず企業の増収になります。
それを企業はまず海外投資家(大口株主)の配当金に回すことを要求されます。
これが株主資本主義というものです。社員の給与は上がらず、日本の不況は変わりません。
まるで私たちは海外投資家たちの懐を肥やす奉仕活動をしているかのようです。

また増税を機に「キャッシュレス化」が一層進みました。
複雑な増税区分に対応したキャッシュレス決済が簡単にできるシステムを小売店に提供する事業者も現れ、しかもそれを経済産業省が後押ししているのだそうです。

実際、複雑すぎる制度に対応できない多くの小売店が、廃業に追い込まれています。
そんな小売店の苦境を当て込んだような新事業には、なにか用意周到な策謀を感じます。
全体この面妖な増税強行には、日本をキャッシュレス社会化したい意図がありそうです。

🔹キャッシュレス化の最終目的は?

キャッシュレス化は確かに生活上「便利」だと思います。でもそれは甘い罠です。

日本は「円」という自国の通貨があるおかげで、国内で経済が円滑に循環しています。
外国に借金をせずに、国内でお金を回しているうちは、政府が通貨の量を管理できますから、
極端な金持ちも極端な貧乏人もいない、日本人らしい互助の経済運営ができます。
(グローバル化が進んで、それもだんだん怪しくなってきましたが)

将来、もし通貨を廃してキャッシュレス化するということになれば、
データ化(無国籍化)された私たちの資産は日本政府の管理を離れ、無防備に世界中の金融市場にさらされることになります。
そこに待っている海外の投資家たちは、ハゲタカのごとく襲い掛かり、勤勉な日本人が働いた富を容赦無く吸い上げ、濡れ手で粟のごとく自己のマネーゲームに使うでしょう。
日本政府はお手上げです。日本ファーストの主体的な経済政策は不可能になります。

これが既定路線のごとくに進められている、キャッシュレス化の本当の目的だと思います。
海外の大投資家たちとは、いわゆるグローバリスト勢力です。
彼らはわが国の政財界を金力で牛耳り、安倍首相に増税への圧力をかけていたのでしょう。

🔹What is グローバリスト?

世界を金の力で支配する策謀」を凝らしている国際金融資本家グループといえばわかりよいでしょう。これは陰謀論などとは無縁の、厳然たる世界の事実なのです。

その中心はロスチャイルドやモルガン、ゴールドマンなどのユダヤ系財閥とその有力な仲間たちです(ロックフェラー家など)。彼らは英米の金融センターであるロンドン・シティ、NYのウォール街を握っています。
かつての欧州の市民革命や二度の世界大戦、東西冷戦、テロ戦争などは彼らが仕組んだともいわれています。
また国連をはじめIMFやUNESCOなどの国際機関も、彼らの世界統一の目的のために作られたという事実が近年明らかにされてきました。

経済大国・日本の一億人が払う消費税は、彼らの金儲けの格好の標的というわけです。

残念ながら、わが官僚と自民党議員の大半はグローバル勢力に心身を絡め取られています。
金主に忠実な彼らは、日本人を食い物にする政策を次々と立法・実施してきました。

大店法による小売店圧迫、金融自由化(橋本内閣)、郵政民営化(小泉内閣)
TPP推進、中国人への観光ビザ緩和、種子法の廃止、水道事業売却、子供の英語教育、原発の停止(石油依存への回帰)・・・枚挙にいとまがありません。

どれもが日本の国力を削ぎ、国民生活を外国に依存、隷属させる所業ばかりです。

🔹エリート官僚が「売国奴」と化す仕組み

なぜ日本の中枢はここまで腐っているのでしょうか?
それは先の第二次世界大戦以前からの、グローバル化の流れに呑み込まれているからです。

グローバリスト勢力は、実はあの恐怖の共産主義思想を発案し、世界に広めた人たちなのです。彼らは日本もまた敗戦と占領に乗じて共産主義国家に変えてしまおうと企んでいました。

共産革命こそ回避できたものの、日本人は占領軍の巧妙な宣伝と教育で左翼的な人間に変質してしまいました。国や公を考えない個人偏重が推奨され、その風潮のなかで適応した「優秀な」者だけがエリート官僚になってきたのです。

しかし戦後75年以上たちました。もう洗脳から覚めたまともな官僚もいるはず・・ですが、
重要なポスト人事はグローバリストの筋が堅固に押さえていますから、若い官僚はとても逆らえません。グローバリストに対抗し日本のために考えて行動すると出世できない仕組みです。
これが日本を蝕んできた「売国官僚の自動増殖システム」です。

🔹もし増税を中止していたら?

もし安倍首相が独断で増税を中止したら、どうなったでしょう?

まず初めに考えられるのは、財務省によるメディア工作と世論操作です。
ある日突然、閣僚スキャンダルの捏造記事が「反論を許さない形」で世間に氾濫します。
そして野党が騒ぎ国会が空転し、同時に嘘の「支持率急落」が発表され自民党幹部が造反、内閣は無力化したかもしれません。
モリカケ問題で試み失敗したこの手法が、性懲りも無く繰り返されたことでしょう。

🔹「日本滅亡よりは」苦渋の選択

いま、安倍氏を除いてグローバリスト勢力から日本を守れる政治家はいません
米国のトランプ大統領、ロシアのプーチン大統領とともにグローバリストと戦えるのは彼だけという現実があります。

安倍内閣が倒れれば、国内のグローバル勢力が日本潰しを進めるのは目に見えています。
例えば次のような政策です(一部はすでにかなり進んでいる)

女性宮家をつくって、皇室の男系継承の伝統を断ち切ろうとする
外国人労働者をさらに大量に入れてカオス化し、日本独自の文化歴史を消去する
・日本の子供たちに英語教育をさらに徹底させる(いずれ公用語化)
・TPPめいた自由貿易協定で日本の一次産業を潰し、食料自給させない(輸入に依存させる)
・北海道を「アイヌを詐称する勢力」(中国や朝鮮)に買い取らせる。尖閣や沖縄も同様
・水道や電気事業などの基本インフラを民営化して、その後は外国資本に売り飛ばす

すでに、小学校の英語教育は 一般家庭に不気味な影響をもたらしています。
町内のおばあちゃんが「孫たちが家で英語でしゃべるので分からない」と嘆いています。
また北海道ではすでに「静岡県と同じ位の広さ」の土地が中国資本に買われているそうです。
種子法はとうに廃止され、外国の遺伝子組換え野菜が非表示で日本市場を占めています。

安倍内閣が存続しても、国民が呑気にボケッとしたままでは意味がありません。

🔹お茶の間で 愚弄されても気づかない日本人

NHKの「チコちゃんに叱られる」という番組が人気だそうです。
子供キャラが汚いセリフを吐きつけるのが面白がられているようですが
まともな人なら不愉快になる下劣番組でありまして・・NHKは日本人を愚弄しています
つまり平和ボケを NHK(を操るグローバリスト勢力)に揶揄されているということです。

🔹頭でっかち人間はグローバリズムに騙されやすい

文科省は、小学生にプログラミングや英語を教え込もうとしています。

(私の経験からしても)外国語は子供の発育に有害と思います。
まず十分な国語力が身につかなければ、英語など無意味、中途半端な人間になるだけです。
ましてプログラミング教育など・・・文科省の役人は頭が悪いどころではありません。
彼らがしていることは、もはや人体実験だと思います。判断力も幼く、抵抗できない立場の子供たちに。絶対に許せないことです。
文部科学省の役割は日本の子供たちを「無国籍者」にすることなのでしょう。
これもまた、グローバリスト勢力の指示通り、ということでしょう。

「情報革命」や「 AI社会の到来」といった軽薄な宣伝文句をまともに信じているとすれば、あまりに不見識、無責任です。健全な人間観が欠如していると言ってよいでしょう。
世間知らずの「頭でっかち人間」は一見合理的なインチキ宣伝にたやすく引っかかるのです。

🔹生きている実感がわからない若者たち

私たちは「情報化社会」という変な言葉に日々幻惑されています。

「若者たちは スマホで自由に世界とつながって楽しんでいる」とメディアが宣伝します。
でも私は全然ちがうと思いますよ。
彼らはいつも緊張と不安の中にいて、孤独です。
親も教師も、大人たちは「子供の自主性」だとか「権利」だとかいって誰も自分を心配してくれない。子供じみた幼稚な大人が増えて、人生の師匠がいなくなりました。
スマホなんか本当はどうでもよく、本当に欲しいのは親や大人の自然な愛情なのです

無邪気さや素直さがなく、斜に構えて警戒しながらそそくさと歩く臆病な子たち。
明朗な堂々とした健康さを感じさせる子が、今とても少ないと思います。

女性から 柔らかさや優しい温もりがどんどん失われている。
男性から 大らかさや度胸、器量がどんどん失われている。
大人も子供も、人間本来の自然な美質が、不健全なストレスのために曇っているのです。

🔹AI礼賛者がいう理想の社会とは

いまAI技術が人間の脳を変えるなどという宣伝が世界にばらまかれています。

「人々の生活は完全にデータ管理化され、買い物も医療も最高に便利になるだろう
(ただし、そのビッグデータを支配するのは我々一握りの大資本家たちだけどね)」

後半部分( )は、決して表に出てこないのです。
そして世界は今、そのビッグデータの覇権争奪戦の真っ最中だといいます。

でも私は AI化なんてそのうち飽きられると思っています。
人はそんなもので生きているのではないからです。今も、昔も、これからも。
現に今、人間のひとりである私がそう確信している、この事実は動かせません。
そして同じように馬鹿らしく感じている人は、世界中にたくさんいるのですから。

いくら宣伝が巧みでも、皆が本気で拒絶し始めるのはもうすぐだろうと思います。
グローバルユダヤの宣伝係の ジャックアタリさん、ノア・ハラリさん・・↓

彼らはAI技術が人間を変えるというが…

🔹平成を教訓にして 令和の実践を

人生を 金と物で測っていたら、決して幸せにはなれません。

いつも何か足りなくて、死ぬまで不満を抱えた人生になると思います。
そんな大人たちの姿を見て育つ子供たちは、本当にかわいそうです。
人生の行く先に希望がもてるはずがないからです。

絶望した目で街を徘徊し、人を傷つけ無軌道な行為に走る若者たち
ひとり寂しく自死する子供たち
こういう悲しい姿は、いまの大人たちの過った考え方の写し絵だと思います。

いま、新しい令和の御代になりました。

この75年間、とりわけ平成時代は、グローバリスト勢力による「大洗脳」の時代でした。
そして、それは日本だけではなく全世界的にそうだったのです。

しかし彼らの「国家否定・個人主義」の洗脳はすでに見破られました。
人は個人としてだけではなく、家族や国家とともに公に生きる存在だということを
皆が思い出してきたのです。

ものごとを本来あるべき姿に正すように、私たちは己の生き方を正しませう。
大量消費社会?合理主義?人権?平等?くだらない…空虚な言葉に騙されていてはいけない。
真剣に生きるために、真剣に現実をみて、動き出すべき時がきているのです。

🔹脱グローバリズム!・・人間の心を取り戻そう

グローバリズムは、ユダヤ財閥などが世界を独占するための大戦略でした。

ユダヤ人は特殊な歴史をもつ民族です。国家をもたない彼らはつねに迫害を受けてきました。
数千年にわたる流浪の苦しみの中で、彼らは生きるために人間の心理を熟知しています。

彼らは人々の欲望や怠惰な心を利用して、メディアの宣伝力で大衆の価値観を操作します。
物やサービスを金で買う、金に依存した生き方を「人類の進歩」だと世界に宣伝するのです。
それこそは彼らが一人勝ちする「持つ者>持たざる者」の世界への道なのです。

しかし私たち日本人は違います。
怠惰や欲望以上に、働くことに喜びを感じる長い歴史をもつ民族です。
だからお金がなくても十分に幸せに生きていたのです。
それも一万年以上前の縄文時代から、明治のついこの間まで!

かつて明治の日本を初めて見た西洋人は異口同音に言ったものです。
「日本人は貧しい、だが高貴だ
「日本の子供は、世界一幸せな子供達だ」
「この美しい国が西洋のように野蛮な国になってしまうのが残念でたまらない」

私たちの先達は、協力して穏やかで愛情のあふれる社会をつくっていたのです。
今こそ、その精神に立ち返って、祖先に倣えばいいはずです。
本当の日本人に戻って、令和の時代を明るく生き抜きましょう。
そして子供たちが尊敬できる、高貴な大人のこころを見せようではありませんか!

波乱の向こうに 令和の夜明け(1)

明けましておめでとうございます。

今年こそ元旦の更新を!と思いつつ、お正月気分に連戦連敗。
ようやくPCに向かって文を綴ることができました。
今更気負うこともないので、今年も緩くやってまいります。
どうぞよろしくお願い申し上げます。

昨年は平成が終わりを告げ、令和が始まりました。
年初にあたり御代替りを寿ぎ、11月の「大嘗祭だいじょうさい」から述べてみましょう。

伊勢神宮 外宮

大嘗祭を終えて真の天皇になること

5月に令和改元、10月に「即位礼正殿の儀」、全世界が日本の皇位継承を知りましたが
真の意味での皇位継承は「大嘗祭」の儀式をもって完成したのでした。
故・葉室頼昭氏(春日大社宮司)が著書で大嘗祭についてお書きになった文章を引いてみます。

「…天皇がご即位されていちばん最初の新嘗祭にいなめさいを、大嘗祭といいます。
…天皇がいわゆる大嘗宮のなかに入られて、天照大神に自らご飯を差し上げられて、そのご飯を天皇も召し上がる。
そして天照大神と一つになる。それが本当に天皇になられるという儀式なんですね…」

葉室氏は平成の大嘗祭のとき、宮家の方々の「衣装をお着けする役」で奉仕されました。
その時の体験を、こうお書きになっています。

「…大嘗宮のなかにはもちろん入れないから、その入り口で待っているでしょう。
そのときに、一つになられる前に入っていかれる天皇と、天照大神とご一体になって出てこられた天皇の違い、この威厳のすごさにみんなびっくりしました。
天照大神と一つになるというのは本当だなと思いました。
私だけが思ったのではなくて、そこに奉仕した人はみんなそう思ったのです。」

(葉室頼昭『神道 見えないものの力』春秋社 P162より)

このお話からは、政治制度上の天皇像ではなく霊的で精神的な天皇のお姿を強く感じます。
天皇は神道の祭祀を司る大神主なのですから、本来これが当然のことですね。

この一点をもって、わがご皇室が外国の王室(たとえば英国・スペイン、ベルギーなど)と本質的に異なることが実感されることでしょう。
他の国の王室は、民族の信仰とは関係ありません
ご皇室の存在はその意味ではカトリックのローマ教皇と比較されるものでしょう。

ご皇室は日本で最も古い家系であり、私たちのいわば総本家なのでして、
私たちの祖先を辿ると、全ての国民は天皇家の血筋につながっていると言われています。

このような君主と国民の関係は世界において類例がありません。
他国の古い家系ははるか昔にみな滅んでしまったからです。

GHQ占領軍司令部のブレーンに モルデカイ・モーゼという方がいました。
このユダヤ人の長老が1979年に著された本の冒頭に、興味深い一文があります。
ぜひ引用し紹介したいと思います。

「日本民族のもつ最大の財産は天皇制である。これは全く世界に類例のない偉大なものであり、人類の理想とするものである。
かつてユダヤ人の大思想家でフランス革命に大きな影響を与えたジャン・ジャック・ルソーは、かの有名な「社会契約論」で次の如きことを言っている。

「人もし随意に祖国を選べというなら、君主と人民の間に利害関係の対立のない国を選ぶ。自分は君民共治を理想とするが、そのようなものが地上に存在するはずもないだろう。したがって自分は止むを得ず民主主義を選ぶのである」
…」
『あるユダヤ人の懺悔  日本人に謝りたい』モルデカイ・モーゼ著 初版1979年 復刻版2019年 より

ユダヤの長老が日本の天皇に対して寄せた大なる賛辞は、非常に重要な意味があります。
GHQが昭和天皇を東京裁判の被告にしなかった真の理由もここにあるといえましょう。
あのルソーが、当時もし日本の国を知っていたら…
「書きかけの社会契約論など破り捨てて、ただちに東洋の偉大な君主国へ馳せ参じ」たであろうというわけなのです。
世界の指導者たちは第二次大戦後に初めて天皇の本質を知り、驚愕したのです。

モーゼ氏は「外国では日本のような君民一体の国柄は決してありえない」といいます。
外国では「君主とは人民を搾取する存在である」という理解が常識だったのです。

わが国の「皇室問題の専門家」たちは、テレビ解説でお決まりのように言います。
「新しい天皇のあり方を」「開かれた皇室を」「ヨーロッパの王室では…云々」
こういうトンチンカンな専門家などは 百害あって一利なしです。

彼らの解説は、日本に無知な外国人たちが皇室をあれこれ云々するのと変わりません。
戦後の教育は宗教や信仰を一切無視してきたので、その弊害の代表例といえるでしょう。
信仰心に 新しいも古いもなく、まして 閉ざされたも開かれたもないのです。

(東国三社詣)常陸國一宮・鹿島神宮 拝殿

伝統の意味をわきまえない安易で軽薄な行為


今般の大嘗祭で、大嘗宮の茅葺屋根が「経費節減のために」板葺きに変えられました。
噴飯もの、言語道断の仕業と思います。
皇室の伝統を守るべき立場の宮内庁が、長官自ら率先して伝統破壊のお先棒を担いだのです。
わが国の高級官僚がいかに無責任で国への敬意を欠いていることか…情けないことです。


宮内庁は19日、2019年11月に行われる代替わりの皇室行事「大嘗祭(だいじょうさい)」の会場を前回の8割程度に縮小すると発表した。祭祀(さいし)の様式は踏襲しつつ「大嘗宮」の一部の建物をプレハブ化し、屋根や柱も安価で調達しやすい素材に切り替える(日本経済新聞 2018年12月19日 記事より)

この日経新聞の記事もひどいです。大嘗祭は「皇室行事」ではなく「国家の祭祀」です。
「会場」などと、まるでコンサートやイベントと同じ感覚で捉えているように感じます。

じつは茅葺は技術的にも費用的にも十分に可能でした。
清水建設が人も費用も出す、期日にも間に合わせるからと進言していたのです。
それを蹴って敢えて板葺きにしたのですから、宮内庁は初めから「簡略化」を決めていた。
その理由が「経費節減」なのです。なんというセコい根性、狭い見識でしょうか。

「前回は総額25億円かかったから」とか「どうせ三ヶ月で壊すのなら安普請でいい」とか言っていたらしい。これほどご皇室の伝統を軽んじた考え方はないでしょう。
物ごとの価値を 合理性と金額の多寡でしか考えられない、お粗末な人間が多すぎる
とくに政官財界の中枢を占める人たちの、精神の劣化が確実に国を衰弱させています。

(東国三社詣)下総國一宮・香取神宮 拝殿

昨年のご譲位に関してもひとつ。
宮内庁もメディアも終始「(生前)退位」という不適切な言葉を使いつづけ、さらに歴史上例のない「上皇后」「皇嗣殿下」などという新語を勝手に作って使っています。
多くの国民は「上の人が決めたことだから」と疑いもせずにいますが・・
皇位に関わる言葉を勝手に作るなど本来あってはならないことだという、日本人なら当たり前の感覚が麻痺しているのです。
(「上皇后」ではなく天皇のご母堂という意味の「皇太后」が歴史的に正しい尊称です)
秋篠宮殿下は正しくは「皇太弟」であり、悠仁親王殿下はやがて皇太子殿下になられる(立太子)のが本筋です。

それを阻み、どうしても愛子内親王殿下を天皇にしたい勢力が宮内庁にも入り込んでいます。
秋篠宮殿下を「皇位継承の可能性のある」半端な存在(いわゆる「皇嗣殿下」)としておき
悠仁親王殿下の立太子を遅らせ、愛子内親王殿下を皇太子にする工作の時間を稼ぐつもりかもしれません。
悠仁親王殿下を無視し続けている大手メディアの報道姿勢も同様の狙いでしょう。
「万世一系」の皇統を断ち、皇室を形骸化して日本を滅ぼそうとする勢力は、公的な場所に潜伏して、なりふり構わず工作を続けているのですが、私たちがこのことを知って意識することで、彼らの野望を挫きご皇室をお守りすることになりますし、それが日本の国を守ることになります。真相を多くの国民が知ることが大切だと思います。

男系継承を守ることが日本を守ること

年の初めの更新ということで、ご皇室のお話を申し上げました。
これこそ、我が国の存亡を左右する最も重大な、負けられない戦いだと思うからです。

天皇の「男系継承」が続く限り、私たちは遠い昔から続く日本人でいられます。
日本人が日本人でいられるなら、長い歴史を紡いできたその底力で、どんな国難も跳ね返すことができると私は信じますし、皆様もきっとそう信じておられることでしょう。

(東国三社詣)息栖神社 境内

ここ数年でテレビには外国人が出演する番組が激増したと感じます。
日本人と外国人のハーフのタレントが、雨後のタケノコのように出現しています。
これは明らかにメディアの意図的な世論操縦、洗脳工作だと思われます。

外国人と日本人の区別をしないように、ジワジワと私たちの頭を作り変えていき
日本にこだわる必要はない、世界はひとつになるのだという妄想を刷り込んできます。

これではいずれ、日本の歴史と文化はこの地球上から消えてしまうでしょう。
それでいいのだと平然と言う人たちが、グローバリズムを信奉する人々です。
メディアを握っている彼らによって、私たちは「日本を忘れさせられてきた」のです。
私たちは、これからは本気で、はっきりとNOを言わなければなりません。

ご高覧くださり ありがとうございました。
次回(2)では消費税10%の闇について、ささやかな私見を述べてみたいと思います。

令和は「現実」を受け止める勇気の時代に

◾️平成をふりかえれば

令和の幕開けからひと月が経ったいま、改めて平成の時代を振り返って思うことがある。
大自然災害の頻発や、子供達のいじめや猟奇殺人などが まるで日常茶飯事のようになっていた。
何か我々の根深い場所が ひどく病んでいることを強く感じていたものだ。
巨大な嘘を積み重ねてきた「戦後日本」の矛盾が、その腐敗を隠しきれず噴出してきたのだと。

世の真実を見抜くのは 合理ではなく 直感である。
東日本大震災に際して石原都知事が「天罰」という言葉を用いて批判されたことがあった。
だが石原氏の痛切な思いに 心底共感した日本人は私だけではあるまい。

空虚な言葉を流行らせて 健全な秩序を壊していく リベラリズムが世界中を混乱させてきた。
自由、平等、人権」などの抽象的で中身のない言葉が 金科玉条のように扱われたために
われわれの言葉は軽薄となり それとともに物事の価値はすべてが相対化し、そして空洞化した。
「何よりも個人の個性が大切だ」と宣伝・神聖化されて、公的な道徳は混乱し そして劣化した。

◾️「イイとこ取り」の考え方ではダメ

「経済だけ考えればイイ」といって、人間の精神生活の面を考えない者
ありもしない「差別」を設定して「弱者を守れ」と叫び「イイひと」を演じる者
心地イイ話だけを聞いて、不都合な真実や面倒な事実は黙殺、無視してやり過ごす者
安易な「イイとこ取り」で一生を過ごそうと考える、戦後日本人の特徴のひとつかもしれない。

この「イイとこ取り」が精神を腐らせた。自己の都合を優先させ 現実を見る目を失わせた。
無知蒙昧を恥じず、 他者を尊敬する習慣も消えて、己を鍛えることを面倒に思うようになった。
そして「あるがままの君、そのままの君がイイんだ」と言われたがる薄弱な人間が増殖した。

だから骨のある若者たちは 理想の人間像、社会像を「昔の日本人」に求めざるを得ない。
古事記や万葉集、神社は静かなブームである。若い女性たちの間では縄文ブームまである。
昔の日本人は泣き言をいわずに謙虚に真剣に生きる強さがあった。戦にも勇敢に立ち向かった。
モノは豊富だが人間が呆けた現代、若者たちは 真面目に強く生きるお手本を欲している。

これは日本の長い歴史の強みだが、そこに頼る以外にないのは 危機的な状況ともいえる。
つまり戦後日本人の姿はもはや 生きるうえで御手本にならないものに堕ちているということ。
この恥ずべき現実を 我々はごまかさずに 真摯に受け止めて考えなくてはならない。


◾️国際主義者との戦いは 終わっていない

戦後は次の戦争で終わる、次は勝てばいいんです」(経済評論家・渡辺哲也氏)とは面白いが、
じつは戦争は この百年来、形を変えながら 今も絶えず続いているというのが私の認識だ。

欧米の近代を作ったユダヤ思想は 国家を否定し 国境なき市場による世界統一を目指す考え方。
欧州の大財閥ロスチャイルドを後ろ盾に 米国のウォール街が金融力で世界を支配してきた。
その国際主義のユダヤ勢力に対してわが日本の歴史と精神文化を守る熾烈な戦いが続いている。

これこそが あの仏革命から20世紀の世界大戦まで一貫する、世界動乱の構図の核心なのだ。
かつて「大東亜百年戦争」と喝破した林房雄氏の慧眼は、この本質を見事についていたと思う。
わが日本は 世界最古の家系・皇室をいただく国であり、いわば世界の国の模範的存在である。
だからこそ世界を統一したい国際主義者にとり最大かつ最後の敵として、標的にされてきた。

戦後 猖獗を極めた国際主義だが、2年前に米国にトランプ大統領が誕生して情勢は急変している。
「自国ファースト」国民の安全と繁栄を最優先する政策が 堂々と語られるようになってきた。
わが国では政財官すべてが鈍麻して対応できずにいるが、国民の間では 徐々に世界の真実を知ることで 本来の国家観に目覚める動きが見られるのは 将来に向け明るい兆しである。

令和の御代は「歴史ある日本」の伝統を尊び、ご皇室や祖先への敬愛心を新たにしたいものだ。
それが 今を生きる私たち大人が 日本人としてまず考えるべきことであろう。

新元号発表寸前の思い・・不安と希望

四月一日、いま午前10時50分である。あと40分で、次の御世の元号が発表されるのである。

胸に渦巻く不安が高まる。変な元号にされたらどうなる?
「有識者」たちが絞り込んだという5つの案から、決められるらしい。
あの、女性宮家という「皇室破壊工作」を推進する勢力が占める「有識者」たちなのだろうか。
日本の国柄とご皇室の歴史を無視して、己の思想的好みを勝手な理屈で押し通そうとしてきた、あの「有識者」たちが、今回も決めているのだろうか。
私は どんどん胸の中に不安が高まっている。

新しい元号は、これから何十年か、私たち日本人の生活に密着する重大なものである。
これがもし、左翼リベラル思想に冒された連中の頭で 作られたら、どうなるのか。

国民がそっぽを向くような、あまり使いたくないような、言葉だったら?
国民に「何か嫌だな」「あまり使いたくないな」と元号を縁遠く感じさせれば しめたもの。
いずれ元号を廃止して西暦に統一するように持っていこう、そう考えている者たちがいるだろう。
それらが、「有識者」たちを主導している可能性も否定できない。
女性宮家をめぐる謀略や、皇室を貶めるマスコミ報道を許容し、歴史上存在しない皇嗣殿下というものを国民の知らないうちに勝手に作ってしまった連中だ。
ご皇室を、好き勝手に造り変えようとする者たちが、なぜか「有識者」と呼ばれている。

今回の元号の決め方に、陛下やご皇族の方々の意見は取り入れられているのか?・・
マスコミの記事で見る限り「有識者」が絞り込んで官邸が決める、という流れのようである。

もうあと13分で、発表だ。何をか言わんや・・祈るしかできない。祈るのみである。
日本の神様、ご先祖さま、どうかまともな元号になりますように。
日本国民が自国の歴史と伝統に誇りを感じられる、よい元号になりますように。
きちんと、伝統を守って古典籍からの引用でありますように。
現代的なキラキラ元号になりませんように・・
人権とか個人とか、平等とかの薄っぺらで幼稚な近代感覚で選ばれませんように・・

あと数分で、日本の将来がかかった瞬間がやってきます。

真の日本の夜明け (御代替りを迎えて)

◆ 去る12月23日 天長節 皇居前にて

今上陛下の 最後の「天長節」(※天皇陛下のお誕生日のこと)
人混み嫌いの私も 万感の思いで 皇居へ参じた。
朝の皇居 和田倉門前には すでに参賀者の大行列が出来ていた。

曇り空から時折 雨が落ちてくる 穏やかな冬の日。
手荷物の検査を終えて 新たな列に並ぶと 行く手には 正門と二重橋が見えた。
雲間から陽光が差して 彼方のビル街に降りそそぐ。

正門を入り 二重橋を渡ると 古い石垣や青々した松に 残りもみじの紅が映えている。
年配の夫婦や子連れの若夫婦、恋人たち、外国人と様々な人々が行く。
イベント気分の人も多いのかもしれないが・・それでも 天長節を祝うこの場に これだけの大勢の人たちが足を運び集った事実自体が 麗しく感じられた。

11時__人々で埋まった宮殿前で 小旗を握り 陛下と皇族方のお姿を拝した。
遠くからお姿を拝して 私は 思わず目頭が熱くなるのを感じた。
ライブ演奏や映画に感動するのとは異なり、根元的で 静謐な感激が湧いてきた。

悠遠の時間と、今ここに在る自分・・霊妙な感覚で 心が痺れたようになった
あの瞬間 私は  陛下のお姿を鏡として 己の本質に触れたのかもしれない。

生身の人間であると同時に 無数のご先祖の霊を合わせた「日本総体」としての 陛下。
 陛下と我々の心が共鳴して 不可視な波動が 己の魂を揺さぶったのかと思う。

「すめらぎは 我が国の祭祀王  皇室は 世界で一番古い家系 神と人をつなぐ大神主・・」
そんな知識や言葉よりも、胸に湧いた あの清らかな感情を 唯々 尊く思うのみ

◆ 元日_「日高見国(ひだかみのくに)」の旭日昇天

海から昇る朝日は 大きく美しい
まして それが一年の最初の日の出であれば 尚更に

両親が米国に住んでいた頃  家族で東海岸まで初日の出を見に行った。
夜明け前の海岸は 草むし 荒涼として 吹きつける風は冷たかった。
日の出の瞬間 喜びの声が上がって  道脇に集った大勢の人々の顔には
New Year の Opening Event を Enjoy する 興奮と歓喜があった。

あれから長い年月が経ち、私は久しぶりに海から昇る初日を拝む機会を得た。
茨城県 大洗町の 水平線から昇る 雄大な旭日に 全身を照らされて
北米海岸の風情とはまったく異なる、厳かな畏怖と 静かな祈りが 心に満ちた。
これが「日の出づる国」の夜明けなのだ・・ わけもなく感慨が胸に迫った。

古い祝詞に「大倭日高見国」(おおやまと ひだかみのくに)という言葉がある。
これは 天孫ニニギノミコトが 高天原から天下り 治めた国を指している部分で、
大倭は大和朝廷のこと。では日高見国とは何か?・・
じつは戦後日本で 一切顧みられなかった この謎に いま清新な光が当てられている。

東北大学名誉教授 田中英道(ひでみち)先生の説は 今 最も注目されるべきであろう。

「日高見国」は古代の東日本に存在した一大文化圏で 神話の「高天原」とはその地を指す。
そしてその中心は 常陸国(=日の立つ国)つまり今の茨城県、鹿島の地であったという。
(研究の詳細は ぜひ田中先生の著書をご参照頂きたい)
  『高天原は関東にあった』(勉誠出版)2017年 

美術研究が専門の田中先生が、考古学、歴史学、人類学、形象学など学際的な視点から
総合的に考察・構築された説は まさに 汲めども尽きぬ驚異の泉である。
その高い実証性と説得力の前に 歴史学界は沈黙し ほとんど無視を決め込んでいるらしい。

「神話は無価値な作り話」「古事記・日本書紀は後世の権力者の都合による捏造だ」
「日本は中国文化圏の一部に過ぎない」「縄文人は未開の野蛮人だった」etc・・

戦後の歴史学者が拠ってきた これらの自虐的な偏見に満ちた見方は、この田中説の登場で 一気に「次元跳躍」的に 覆されるであろう。
もちろん私たち国民は 歴史学会のメンツや 都合など いっさい気にする必要はない。
大切なことは 真実を知ることなのだから。

縄文時代に 関東・東北に高度な文化があったことは 青森の三内丸山遺跡を初めとする考古学の発掘調査で 明らかになってきている。
日本列島の自然の恵みは 安定的な食料事情(狩猟採集経済)を保証していた。
私たちの祖先は 一万年にわたり平和で高度な文化社会を築いていたのである。

神武以前の創建と言われる古社・鹿島神宮香取神宮の存在は それを今に伝えている。
神話の「出雲の国譲り」は 日高見国(高天原)勢力による 西国の平和的統合の事実を伝える。
「天孫降臨」は 中国大陸の戦乱興亡の余波に対応に迫られて 国内を統一する動きだった。
かつて 大船団が「東の鹿島」を旅立ち「西の鹿児島」へ「天(=海)降った」のである。

私は この田中説を知って 日本の起源の真実にやっと出会えた という強い感動に打たれた。
そして 日高見国の祖先が崇めた「太平洋に昇る旭日」に 強い思いを抱いたわけである。
万古不易の尊い「初日の出」を拝した後は 鹿島神宮に初詣を済ませたことは 言うまでもない。

鹿島神宮と並び 東日本最古の 香取神宮への参拝も 今年はぜひ叶えたいと思っている。
縄文日本に生きた祖先を偲び 古代のロマンに胸を震わせた 今年の元旦であった。

鹿島神宮(奥宮)

 

 

15年ぶりの涸沢カール訪問記(前編)

15年前東京で、僕は毎週のように信州の山々に通った。
それまでの人生のすべてがここに集約しているかのように感じて
すっかり大自然の虜になってしまったのだった。

やがて北海道に戻り、自然写真家として再出発した僕は、人間と自然と
世界の真実を知ろうという志を立て、社会の片隅で孤独な努力を続けてきた。

故郷の静岡に戻って一年経ったこの秋、懐かしい北アルプスを訪ねた。

◆ 上高地の静かな変貌

秋の河童橋と奥穂高

かつて心を奪われた「涸沢カールの紅葉」を見たかった。弱っている心の力を蘇らせるために、原点に戻ろうと思ったのだ。

台風一過の初秋、僕は上高地の河童橋の上に立った。梓川の美しい流れと岳沢を抱いた奥穂高岳の勇姿は、あの頃と何も変わらない。
だが外国人が増えた。現地観光社の職員にも中国人スタッフがいて驚いた。

 

この中国人の増え方はどうだ。僕は総毛立つような不安を禁じ得ない。
差別はよくない、などというキレイゴトはもはや何の意味もない。
このまま外国人の増加を放置すれば、取り返しがつかないことになるだろう。

◆ 魂の禊(ミソギ)か 団塊世代の登山者たち

多くの人が楽しそうに話しながら、河童橋を渡って山へ向かっていく。
彼らは素敵な登山服に身を包み、きれいなザックを背負っている。
「私はもう百名山登ったよ、今は二百名山目指してるんだ」
「今日は穂高で、明日は立山へ行くのよ」

還暦を過ぎた人々が高価な登山グッズを身につけて、大挙して山へ入って行く。
いつの間にか見慣れた光景だが、このとき僕はあることに気がついた。
彼らは自分では意識せずに、山の神に魂を清めてもらおうとしているのかもしれないと。

「人生は楽しむためにある。公のことは他の誰かが考えればいい。
自分と周辺の人間が損をしないようにすればよいのだ。
そしてまず金だ!金さえあれば安心だ。金がない負け犬になったらお終いだ。
数字と科学的合理性、目に見えるものだけが信じられる。
目に見えぬものは全て幻で嘘だ。宗教は時代遅れの迷信、詐欺師の商売にすぎない」

団塊世代(私の父母世代)に共通してある価値観とは、概ねこういうものではないか。
金と物質を偏重し、精神をないがしろにする考え方が蔓延して、冷たく虚しく野暮な世になった。
人々の共通の価値が消え、孤独な「個人」を好き勝手に生きる子の世代は、精神的虚弱に病んでいる。
上高地に限らずあらゆる観光地が、物質主義で退廃した日本人の心のように見えて哀しい。

団塊世代は世塵に汚れた心の禊(みそぎ)を求めているように見える。
彼らの中には祖先から受け継いだ清らかな魂があり、それが山へと駆り立てる。
僕は、そうであってほしいと願っている。

◆ 初日、横尾のテント場まで


今日の予定は、梓川に沿って横尾まで、およそ12kmの歩きだ。
テント泊装備に加え撮影機材が重いので、膝を痛めないようテーピングする。
快調な歩きで、→明神→徳沢と順調に過ぎて、予定より早く横尾山荘に着いた。

紅葉の最盛期でもありテント場は混み合っていた。
僕は梓川に掛かる吊り橋の下に幕営した。他のテントからは離れて静かな場所だ。
ときおり橋を渡る人たちの話し声が気になるくらいだった。

横尾の夕景

単独のテント泊ではやることは単純だ。まず寝床を準備して荷物を整理する。
鍋に一合半の米を浸し、ベニヤ板の上でお湯を沸かしてテルモスに詰めた。

炊飯するうちにゆっくりと夕暮れが迫り、炊き上がる頃にはすっかり暗くなった。
横尾山荘の灯が赤々と夜の帳に浮かび、テントの中も冷気が満ちてくる。

幕営の様子

食事を片付けて寝袋に入ると、僕は今日のこと、そして明日のことを考えた。
案外よく歩けたな。重い荷物に肩が痛むが、朝には回復するだろうと思った。
四時の時点で天候判断だ。テントはここに張っておいて、涸沢まで往復しよう・・
梓川の瀬音が、耳に心地よかった。

◆二日目、十五年ぶり涸沢カールへ

長い夢をみた。高校時代の部活の友達や、片思いをした子が現れたりして。
山の空気はなぜ、心を昔に返すのだろう。

出発する登山者たちの声で起こされた。テントの入り口から首を出して見ると、
夜明けの霧の向こうに、朝日を浴びた前穂高の峰が青空に頭を突き出していた。
天候OK、よし行くぞ。

六時半に出発。やはり外国人が多い。それは紅葉シーズンだからなのか。
岩小屋の跡を過ぎて、左の沢向こうに朝日を浴びて巨大な屏風岩が輝いている。

本谷橋の手前で、北穂高が美しい場所に来た。ここで今回初めての撮影を行う。
Horseman985、叔父から譲られた中判カメラの歴史的逸品である。
何でも簡便・単純化するデジタル時代、この6×9判の持つ描写力とアオリ機能は貴重だ。

ある日のHorseman985(摩周湖にて)

狭く傾いた山道に三脚を構える。水平を出すのに苦労する。
15年前と変わらぬ北穂の姿に見惚れる。
後から途切れなく来る登山者に道を譲りつつ、数枚撮り終えるのに15分かかった。
本谷橋を通過して本格的な登りが始まる。15年前の記憶が蘇る。こんなだったかな、ああそうだ、こうだったなと独りごちつつ進んで行く。

 

支流の涸沢へ回り込むと谷には陽光が溢れていた。
山肌を埋めつくした錦秋模様が鮮やかに輝いている。

テントを置いてきて正解だ。ザックは軽く、肩の痛みは少ない。快適な登りである。
おかげで意外なほど早く、懐かしい涸沢小屋に到着できた。
テラスで憩う人々。雄大なカール、そのV字谷の正面に浮かぶ常念岳の秀麗な姿。
スリムな新しい登山服姿の若者や、昔ながらのニッカ姿のベテランもいる。
僕は15年前に池袋の店で買った山シャツと、札幌の釣具屋で買ったズボン。昔からオシャレ登山とは縁がない。

涸沢ラーメン(¥1,000)を頼み、持参の弁当箱を開く。ふりかけご飯だ。
これから撮影だからビールは飲まない。白湯が美味しかった。

涸沢ラーメン

「去年だったかな、テレビで言ってたよ、テント1,000張だってさ」
大岩の上で撮影しているときに声をかけてきた、初老の登山者が言った。
昔はグループでテントひとつで済んだが、今は単独行や少人数が増えた。
テントもその分増えたんだという。団体行動を嫌い、気の合う仲間だけで山に来る人が多い。
1,000張か・・それにしてもすごい数だ。

 

カール下部より北穂高を望む

涸沢カールの紅葉は色づきは今ひとつだったが、ここまで来られたことに僕は満足だった。
6×9で2ロール撮り、日が傾き始めた15時に横尾へ下山を開始した。
真っ暗になる前に降りたい。ヘッドランプ下山は好きではなかった。





完全に暗くなる前の17時過ぎに横尾に戻った。
テントに荷を解き、炊飯の準備にかかる。
重く濡れたシャツを枝に張ったロープに干すが、まず乾かないだろうな。

横尾山荘でチューハイを買った。今夜はロースハムとチーズで乾杯!
しかし残念、チーズは車に忘れてきたようだ。ピーナッツで我慢する。
今夜はご飯がずいぶん美味しく炊けた。
小魚のふりかけと、生卵に醤油を溶いてご飯にかける。おかずはハムのみだが満腹となった。

◆ 歳月が変えた視点

15年ぶりの涸沢カール訪問は、思いの外淡々と行われた。
経験を積んだことで、いつしか初心の感動を忘れてしまったのかもしれない。
「百名山」登山者たちの会話や外国人の多さに、やや白けていたのもある。
ただ自分の体力的な自信にはなったので、それでよしとしたい。

明日は上高地まで12kmの歩きが残っている。まずは体を休めよう。

(了)

 

 

<甲子園後記> 秋田・金足農「日輪のたぐひなき愛」の校歌を讃す

秋田県立の金足(かなあし)農業高校が、夏の甲子園に旋風を巻き起こした。
この夏、何度も流れたその校歌は、農業国日本にふさわしい自然観を存分にうたいあげている。

「可美(うま)しき郷 わが金足」
(素晴らしいふるさと われらの生まれ故郷、金足よ)

「霜しろく 土こそ凍れ 見よ 草の芽に日のめぐみ」
(厳冬の冬、大地は霜に凍りつくが 春には 恵みの陽光が草の芽に命を吹き込む)

「農はこれ たぐひなき愛 日輪のたぐひなき愛」
(農とはつまり太陽の恵み この世に二つとない無限の宇宙自然の 愛の営みだ)

「おお げにやこの愛 いざやいざ 共に承(う)けて」
(ああまったく有難い、この大自然の愛を、みなで感謝とともに承けていこう)

「やがて来む 文化の黎明(あさけ) この道にわれら拓かむ ・・われら、拓かむ」
(必ず来るだろう、真の文化の黎明が だから我らは一心にこの農の心道を拓いてゆこう)

歌い出しの「うましき郷」という語を聞けば、有名な万葉集(巻一・二番)の舒明天皇の御製が連想される。

大和には群山あれど       (大和にはたくさん山があるが)
とりよろふ天の香具山      (中でも天の香具山がいい)
登りたち 国見をすれば     (山に登って国中を見渡せば)
国原は 煙立ち立つ       (人々の家々からは炊飯の煙が立って)
海原は 鷗立ち立つ       (海にはカモメたちがのどかに群れ飛んでいる)
可怜(うま)し国ぞ
蜻蛉洲(あきつしま) 大和の国は (いい国だなあ、大和の国は・・・)

同じく故郷を賛える素直な心が、古今を通じて変わらない共感を私たちの心に与えてくれる。

そして霜白く凍る厳しい冬が過ぎて、生命が一斉に輝く春の到来を、じつに美しく明るく歌う。
生命の源は「日輪のたぐひなき愛」と。これこそ日本人本来の自然観、太陽信仰の核心であろう。

天照大神から託された斎庭(ゆにわ)の稲穂を元に稲作で国を栄えさせた我らの祖先たち。
わが郷土と学業の師への恩愛のみならず、我が国の悠久の歴史へまで心を広げてゆく歌詞だ。

日本の国の成り立ちを織り込み、いまも変わらない自然への感謝のこころを受け継ごうとする。
こんな素晴らしい校歌を、私はほかに知らない。

最近、アニメソングのようなキラキラした軽薄な歌詞の校歌が甲子園に流れることがある。
その高校の生徒には悪いが、あの類のものを校歌にしてしまう大人たちが情けなく恥ずかしい。
ものごとの価値や区別がわからぬ、幼稚で無粋な日本人がここまで増えたかと悲しくなる。

***

最後の句「やがて来む 文化の黎明(あさけ)」とはなんのことだろう。
私には作詞の近藤忠義氏の思いが透けてみえる。

「今の日本人は物質とお金ばかり追いかけて、本当に大切なことを忘れている。
だがいつか、それが反省されるときがくる。そして本当の文化が花咲く世の中がくる。
だから我々は風潮に迷わされずに、物事の本質を求め、大自然の愛に感謝する農業の道を進もう」

そんな思いが込められた歌い終わりの部分のように思えてならない。

そしてこの校歌の素晴らしさは、何といっても楽曲のよさでもあろう。
作曲の岡野貞一氏は、戦前の東京音楽学校(現東京芸大)で教授をされた方である。
「春の小川」「朧月夜」「故郷(ふるさと)」など誰もが知る唱歌を作曲したほか、
日露戦争を歌った「水師営の会見」も岡野氏の手になる曲である。

金足農の校歌の旋律には、地に足のついた雄々しい時代の日本人の精神が宿っている。
それが美しい文語の韻律と美事に結びつき、長く我々の心に残る名曲を産み出したのだろう。

この素晴らしい校歌を歌える生徒たちは幸せ者だと、つくづく思う。

(前編 おわり)