撮影の日記」カテゴリーアーカイブ

被災者の方々への哀悼と

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その時、私は北海道東部、早春の雪が美しく輝く知床の森の中にいた。

静寂の中に風の音と海鳴りだけがかすかに耳に響く穏やかなこの午後に
東北地方を中心に関東・中部を襲った大きな揺れを感じることはできなかった。
撮影中は情報隔離状態の私が今回の事態を把握したのは、翌朝になってからだった。


本州の家族親族の無事が分かって安堵したものの、被害の実態が判明するにつれて暗澹たる気持ちになる。

同情ではない。突然に非日常に投げこまれ、問答無用の現実に命を曝されている被災者の心境をいくらリアルに想像しようとしても出来はしない。
もし私に被災体験があったとしても「今このとき」の彼らの必死の思いを共にできるはずもない。

ただ、大切なものの一切を失ってしまった彼らを待っている堪え難い空虚と絶望を想うとき、この世に生きていく誰もが逃れようのないある種の悲哀が強く胸を締めつける。


日常は突然前触れもなく非日常に変貌した。その過酷な現実に思いを馳せるとき今自分がここにあたかも部外者として存在していることの意味を考えざるをえない。

自分が当事者でないことには何の必然性も合理的理由もないからだ。

人間社会とは何と危うい微妙なバランスの上にある存在なのだろうか。


札幌に戻ってきたのが13日、こちらは幸い何事もなかったかのように動いている。

歴史上希有なこの自然災害で心ならず鬼籍に入られた方々のご冥福を心からお祈りする。

そして困難な復興に立ち上がるすべての同胞とその心を合わせ支えんことを願う。

クマを探した夏

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今年はあの尾根から探してみよう、あの沢に張ってみようなどと思いを巡らした夏の大雪山。
豈図らんや、誰もが驚くとんでもない集中豪雨に見舞われて、道内各地で道路の崩壊や洪水だらけ。
入山にも危険が生じ、考えていた撮影計画はほとんど白紙に戻さざるを得なくなった。

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古い機材を使うこだわり

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「デジタルにあらずんばカメラにあらず」・・・
当世の写真事情はデジタル一色に染まっている。

でも僕は昔ながらのフィルムカメラが好きだ。

特にポジフィルムを光に透かした時の美しさ!
電気的なモニター映像と本質的に異なり
どこか生き物のような温かみが感じられる。

コストのかかる現像所の縮小移転、閉鎖。
フィルムの販売終了、カメラの製造終了・・・
厳しい状況だが経済活動の視点からは見えない価値が
フィルムカメラにはあると思う。
何とか滅ぼさないで欲しいと願うのみだ。

**
ところで僕は結構古い機材を使っている。
35mmはニコンのフィルム最終モデルF6だが
中判は叔父から譲り受けた40年モノのホースマン985。
めっきり見なくなった6x9サイズである。
(デジタルは3世代くらい前のD200で、
こちらは最新のD700を指を咥えて見ているのが本音)

中古で買ったマニュアルの600mmレンズ
その表面の細かい傷を見ながら
いつも思うことがある。

「(これを使っていた)先輩たちに負けたくない」

便利な機能などなくても素晴らしい写真を撮った、
昔の写真家の先輩たちがいる。
オートフォーカス、手ぶれ防止、進化した測光精度・・
そうした科学の便利さに頼って
いつのまにか人間自身の能力は退化していく。
現代の甘やかされた僕たちはもはや
昔の人のレベルに達することはできないのだろう。
それでも「便利な世の中だからこれでいいのだ」と
腕を磨くことを怠る自分の言い訳はしたくない。

「科学なんかのせいで堕落してたまるか」

「昔の人に最初っから負けるなんて許せない」

馬鹿みたいに意地を張って
先人の使った古い機材を使う。

未熟な腕で、失敗の多い非効率的な撮影を
あえて続ける。

そこに前向きな意味を求めるとすれば
時代を超えて変わらぬ人生の価値について
自分に問いかける緊張感を与え続けること、だろうか。

つくづく不器用である。

(写真:韮崎の桜 /Horseman985 90mm/Fuji Realla ISO100)

桜に見ているもの

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4月ももうすぐ終わる。
北の大地にも遅い春の気配が漂う。
桜の季節がもうすぐやってくる・・・

折からの天候不順で例年より開花の遅れが見込まれている。
大型連休中のお花見にはどうやら間に合わないらしく
たくさんの人が落胆しているのだろうと思う。

自然とはそういうものであると、分かってはいるのだが・・・

**
それにしても
桜の花の美しさとは、いったい何だろう。
皆がこれほど熱中し心ときめかせて待つ、あの花に
私たちは本当は何を見ているのだろう。

欧米人も満開の桜を見て美しいと感じるけれども
その花びらが散りゆく姿に美を感じることはないという。

だが私たち日本人は春風に舞う花吹雪にため息をもらし
池の面に浮かぶ一片の薄紅色にもしみじみと感じ入る。

これこそはDNAのなせる業にちがいない。
私たちの民族が長い歴史を通じて培ってきた共通の記憶
それは私たちを遠い古代のご先祖様と結びつける。
そして「自分のルーツ」をはっきりと確信する拠り所を与える。
私たち日本人は幸せな民族だと、つくづく思うのだ。

私たちが桜の花を見ているとき
きっと魂は古(いにしえ)の先祖(みおや)と語り合っているのだ。
目に見えない精神のつながりをそこに感じているのだと思う。

久方の 光のどけき 春の日に
しづ心なく 花の散るらむ
(紀友則/古今和歌集)

平安の昔の歌人が詠んだ歌を、1,000年後の私たちが
何の違和感もなく暗唱し、その心を感じ取ることができるとは
考えてみれば驚くべきことである。

この連続性、この確固たる精神のつながり!
何と素晴らしいことだろうか。
この日本という国が育んできた深い精神性の象徴
それが桜の花であると思えてならない。

(写真:桜とヒヨドリ/東京・九段)

この一枚に込める思いとは

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原野のただ中に車を乗り入れる。
車内からじっと何時間も、鳥が現れるのを待っているうち
ふと何か不思議な気持ちになってくる。
「どうして自分はこんなところに一人でいるのだろう?」

もちろん写真を撮るためだが、
その目的について考え込んでしまうのだ。
「写真を撮って、何になるのだろう」と。

いったい幾万回
この素朴な疑問を自問し続けてきたことだろうか。

貴重な人生の時間を費やし
数多くのものを引き換えにして

得られるかどうかすら不確かな
作品という曖昧なるものを求めていくことに
耐えがたい不安に襲われる
そんな自分の弱さを痛烈に自覚して
独り悶絶する。

**
写真家とは、その存在意義はなんだろう?
自分は猟師ではないから
餌をまいたり仕掛けを作って
動物や鳥を呼び寄せることはしない。

シャッターチャンスは大宇宙の運行にまかせている
僕の撮影は効率悪いことこの上ない。

しかし、効率を求めて不自然な行為に走ったら
自然写真家を名乗る資格はないという思いがある。

なぜなら、自然とはそもそも非効率、非合理なものだから。
人間社会の都合でそれを捻じ曲げて撮った写真は
たとえ見るものがそれと気付かなくても
撮った本人は知っている。
それが精妙に作られたまがい物だということを。

僕はそんな色に染まることを断じて自分に許さない。

いかに効率よく決められた絵をカメラに収めるかという
「撮り屋」さんになってはならないと戒める。

**
「この一枚に込める思い」がその作品の価値だと思う。
その一枚の撮影に至るまでの、心の営みの重さが。
肉体的努力が報われない日々への絶望や
たった一度の人生の時間を費やしていく不安
その中でたったひとつだけ
続けていくこと、信じていくことの尊さを
ひたすらに 孤独のうちに噛みしめていく

そこに人格の成長があり
その結晶としての
味のある作品というものが生まれる。
僕はそう信じている。

現代的効率主義とは真反対にあるのが写真家。

みずから非効率・非合理な人間として不器用に生きぬいて
人間の宿命を見極めんとする存在として世にあるべきだ。

写真家よ
生涯 哲学者たれ!
思想家たれ!
それが汝の存在意義なり、と

(写真:根室 春国岱夕景)

厳冬の原野にて(2)

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先月から数えてもう7回目の撮影になる。
僕の狙いは冬の猛禽「ハイイロチュウヒ」だ。
数が少ないことや、警戒心が強いことなどから
日本で見られる野鳥の中でも撮影が難しい部類に入るだろう。
そして技術的な面からも、多くの野鳥カメラマン泣かせの鳥である。

その名の通りグレイの背中と頭が特徴的で、対照的に白い腹部と先端が黒い羽。
一度見ると忘れられない美しい姿であるが、
この鳥を撮影するのが難しい理由は、まさにこの羽毛の色にある。

一面灰色(グレイ)という配色は、実にピントが合わせにくいのである。
かといってコントラストのある羽の先端(白に黒)に合わせると、肝心の顔がぼけてしまう。

チュウヒ類は軽い体で舞うように低空を飛び、葦(ヨシ)原の中でネズミを捕る。
動きが速いうえ、この葦が画面の邪魔をすることも、この鳥の撮影難度が高い理由だ。
ピントに関してはAF(オートフォーカス)レンズを使っている人にはお手上げだろう。
(僕は古いマニュアルレンズを使っているので、この点では有利かも知れない)

自分の目と指先でしっかりと動きについていかねばならないが、何とかしてみせる。

**
そんなわけで、ハイイロチュウヒ(略してハイチュウ)という猛禽は、まさに挑戦しがいのある相手だ。
数が少ないと書いた通り、今年のこの地方にはわずか2羽しか確認されていない。
南北12キロに及ぶ海岸線の原野のどこにいつ現れるかもわからない。撮影は第一に運が必要だ。
神様との根比べ・・そんな言葉がぴったりくる。

この鳥に魅せられて、先月はほとんどこの原野での撮影となってしまったが、
冬の猛禽が見られる季節はそんなに長くはない。なんとか胸のすくような一枚をモノにしたいと思う。

(写真:ハイイロチュウヒ雄)

厳冬の原野にて(1)

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冬の日高地方は晴れる日が多い。
日本海を越えて吹き付けるシベリア颪(おろし)が
列島の脊梁山脈にぶつかり雪を降らす。
水気を降り落とした乾いた風が、太平洋側に吹き下りてくるのだ。

天気はよいが、そのかわり冷え込みは厳しい。
断熱効果を持つ雪のブランケットのない、むき出しの原野の寒さは
撮影中の夜を車で過ごす僕にはいつも厳しいものだ。

夜はエンジンを切り、登山用の羽毛寝袋に毛布をかけて潜り込む。
明け方は車の中でもマイナス10度まで下がり、呼気で毛布の襟元は凍り付く。
(道東地方での撮影は、さらに羽毛かけぶとんを必要とする)
そんな状況だから朝は寒さで4時頃目が覚める。
懐に抱いて寝たガスカートリッジ「コン郎」をセットして
湯を沸かす。いつもエンジンをかける瞬間はどきどきする。
お年寄りの車だけにバッテリーが気にかかる。
ぶるぶる震えながら無事に始動したときの安堵感といったらない。

***   ***

窓ガラスの内側に凍り付いて美しく広がる結晶が消える頃には、
熱いコーヒーとフライパンで焼いたパン、目玉焼きで朝食だ。
今日も、神様との根比べの一日が始まった。

(写真:愛嬌者のコミミズク)

十勝川河口域で

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先日、冬鳥を求めて遠出してきた。
行き先は十勝川河口域。

この北海道第2の大河は
大雪山の奥深くより流れ出し
多くの支流を集めて南へ下る。

やがて真東へ湾曲して帯広市を貫流し
東大雪からの音更川、日高からの札内川、
陸別からの利別川という大きな支流と出合う。

最後は豊頃町の南東に開いた河口から
広大な太平洋に悠々と溶け込んでゆくのだ。

この延長156kmに及ぶ大河が抱く自然、
野生動物たちの多様さは素晴らしい。

源流・上流域の山岳森林地帯はもとより
河口に発達した砂浜海岸と
雪の少ないこの地方ならではの冬の原野は
渡り鳥の中でも
ワシ・タカ類やフクロウ類といった猛禽にとって
格好の採餌・生息のフィールドとなっている。

僕はこの地域に毎年通っている。

年によって多少異なるが、いつも見る常連たちは
オジロワシ、ケアシノスリ、コミミズク。
中でもコミミズクは特に気に入っている。

中型のフクロウで、茶色に枯れた冬の原野を
優雅な低空飛行ですいすいと飛び回る。
濃いマスカラを塗ったような顔がユーモラスだ。

夕方、辺りを赤い光が包む頃に
防風林の柵や枯れ枝の低いところに止まって
原野をじっと見つめるコミミズクの姿は
幻想的な光景である。

ところで残念ながら今回の撮影は空振り。
冬鳥たちはまだ来ていなかったと思われる。

コミミズクはフクロウの仲間で夜行性だが
雪が積もると昼間でも活動するようだ。
積もった雪はネズミの捕獲を難しくするため
彼らも必死になるのであろう。

僕もそれだけ彼らに出会う可能性が増えるわけだ。
年が明けて粉雪が舞い白く凍り付く頃に
また探しに来よう。

そのときには去年来ていたケアシノスリも
見られるとよいのだが。

晴天率の高い十勝の冬は
放射冷却でぐっと冷え込む。
外気温はマイナス18℃
ばりばりに凍った水溜まりを踏み砕きながら
車をゆっくり走らせる。
太平洋から昇った朝の光が
日高山脈の白峰を淡く浮かび上がらせていた。

青空を優雅に舞う冬鳥たちの姿を
脳裏に描きながら僕は帰途についた。

春までおやすみ

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サシルイ川の秋(知床)

「もう12月になってしまったのか・・・」
季節の移ろいの何と確かなこと!
ささやかな個人の想いや感情の起伏に関わりなく
確実にやってきて、そしてあっさりと去ってゆく。

「あはれ今年の秋も往ぬめり」

一生の内あと何回、秋を迎えることができるのか。
そう思うとやり残したことばかり頭に浮かぶ。

先月から数えて知床での撮影は3回行った。
主な目的は川に現れるヒグマであるが、最近はいい場面に
出会うことがない。

今年はやむをえない事情で撮影に入る時期を逸した。
目指した川にはもうサケの姿もなく、漁師さんに尋ねてみると

「もう魚(の時期)も終わりだよ、今年は少ないなあ。
熊も食べもんがねえし、もう山奥に入ったんじゃないかな」

そうか、もう冬籠りの準備に入ったんだねえ。
子を産む母熊は少し早目に穴に入るのだけど。
今年はオスもみんな早く寝ることにしたのかな。

また来年、元気な顔を見せておくれよ。
くれぐれも町の方に出てきて撃たれないように・・
春になったら山に逢いに行くから、待っていて欲しい。

冬タイヤ交換、冷や汗のおまけ

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もうすぐに雪がやってくる。
先月、知床の撮影に出る前に家の駐車場でタイヤ交換をした。
物置から引っ張り出した4本の冬タイヤは、冬眠ならぬ夏眠を
終えて出てきた熊のよう。GW以来お久しぶりの対面である。

ジャッキで車を持ち上げて十字レンチでボルトを外し、夏タイヤを
外す。(ご苦労さん、また来年頼むよ)

冬タイヤを付ける。回転の向きが決まっているから装着時に確認。
ボルトを締めて、ホイールキャップを付けて・・

4本すべてを換え終わると、寒空にも関わらず汗びっしょりだ。
何だかとてもうきうきした気分になる。
早く雪がふらないかなあ、などとこの時ばかりは心待ちだ。

さて勇んで知床に撮影に出たのだが、1時間ほど走った岩見沢で
右後ろのタイヤ付近から妙な音が聞こえてきた。

「シュッ、シュッ、シュッ」まるで蒸気機関車のようだ。

スピードに合わせて音が速くなったり遅くなったり。
音が大きいので不安になり三笠のスタンドで診てもらったが、
「ブレーキシューが減っていて引きずっているのかも」
と言われた。分解点検できないからよくわからないとのこと。

その後小康状態だったので、札幌に戻らずに先へ走った。
富良野での撮影を終え、今度は上川から丸瀬布へ。

そのままオホーツク海側へ出て、一路知床へ向かうつもり。
片道400kmを超える長旅である。

ところが、網走まで来たときにまた例の音が始まった。
しかも今度はシュッ シュッどころではなく、
「ぎちっ ギュチギュチッ」という何かをにじるような音。

こりゃまずい・・さすがにこんな音が出るなんてオカシイ。
網走の国道沿いにあるディーラーショップに行く。
メカニックに数分乗り回してチェックしてもらうと・・
「タイヤのボルトが緩んでました。」
唖然としてしまった。

タイヤが走行中左右にぶれながら出していた音が、
一連の異音の正体だったのだ。
「あのまま知床まで走ったら、タイヤが外れていたかも」
と言われ、危機一髪だったことに冷や汗が出た。

これからはタイヤ交換時のボルト締めはきっちりしよう。
今まであまり意識していなかったけれど・・