春の海岸慕情(小樽市張碓)

気分転換に海が見たくなった僕は、双眼鏡とカメラと望遠レンズを持って車を飛ばした。
国道5号線を小樽方面に向かう。銭函を過ぎて峠の上り坂にかかると海が右側に広がる。
風の強い日だった。海は大きくうねり真白な波頭の砕ける様子が遠くから見下ろせた。

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目指す張碓(はりうす)はささやかな集落だ。
国道から細路へ入る。海に向かって突き当たりまで行くと小さな駐車場がある。
傍に建つ石碑には、小樽市の鳥「アオバト」の詩と説明が刻まれている。

アオバトは緑と黄色のとても美しい鳩。オー、アオーと啼くのでアオバトなのだ。
彼らは森に住み、海水のミネラルを求めて岩礁へ群来することで知られている。
だがこの海岸でアオバトの姿を見るにはまだ時期が早い。7月以降だろう。
北国の青空と夏雲の季節はまだまだ先である。

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海岸の主役・カモメは種類が多い。殆どは冬にシベリアやアラスカから渡ってくる。
わが国で通年見られるのはオオセグロカモメ、あるいはウミネコだ。
張碓(はりうす)海岸の弁天島という岩礁では、彼らが毎年コロニーを作り子育てをする。

日焼けした若者たちが浜で遊ぶ傍、弁天島では海鳥のヒナが岩肌をよちよち歩き回る。
岩の上の置物のように動かないウミウ(鵜)が突然飛び立ち、水平線にゆるやかに円を描く。
小さなシノリガモの群れが、寄せる波の間にゆらゆらのんびり浮んでいる。
青い海と空の間に、幻のように浮ぶ増毛・暑寒別の山々の遠いつらなり。

今年も必ずやってくる、のどかで平凡な夏の日の光景が僕を切なくさせる。
いつかこの地を離れても、夏が来るたびに僕はこの海を懐かしく思い出すだろう。

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静かだ。海風はなぜか昔を思い出させる。波のリズムは過ぎた日々を心に呼び戻す。

JR北海道に入社したとき、最初の配属は札幌車掌所だった。
旅好きな僕は毎日の乗務が楽しくて仕方なかった。毎日つけていた自分の車掌日記。
今でも数々の思い出がリアルに甦る。連結器の接合する重い音や夏の車両の油の臭い。流れる汗を吸った車掌服と帽子。ロングレールをひた走る列車の軽やかな響き。
夜遅く着いた古い宿泊所の糊のきいたシーツの匂いと感触…
あれから20年!歳月はなんと偉大な力で思い出をかくも美しく装幀してくれたのか。

***

風が強くなってきた。日は山の端に隠れ弁天島は青味に包まれた。もう帰ろう。
新しく生まれた葉の緑を透かす陽が、かすかな日溜まりを足下に残しているうちに。

浅き春 白波寄する張碓の 岩山に満つ 鳥の歌声

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