参院選公示~日本人としての思い

Fujisan-1_1

心の底から、日本が心配だ。
今夜のサッカーの話ではない。
来月11日の参議院選挙のことである。

菅直人氏は鳩山氏の残した課題の始末も放って
支持率回復に乗じてさっさと国会審議を打ち切ってしまった。
おそらく日本中がサッカーに目を奪われている隙に
選挙を済ませてしまおうという腹か。
(W杯の決勝戦が7/11=投票日)

今日は参院選の公示日、夕方テレビを見ていると
NHKキャスターが自信たっぷりに言う。

「今度の選挙の争点は消費税をどうするか、に絞られてきています」

公約に出た10%の数字に反応したのだろうか。
だが常識的に考えると消費税は喫緊の問題ではない。

誰もが「景気回復後に議論するべき話」だと分かっている。
最大の争点になるとまでは言えないと思う。
普段から自分のお財布にしか関心がないのなら別だが。

党首インタビューもテレビの傲慢さを感じた。
質問は消費税と議席数、選挙後の連立にしか関心がなく
党首たちが本当に伝えたいことを言わせない。

特に新党の扱いがひどい。あまりに短い時間設定。
失礼で明らかな政党差別である。

「党利党略の選挙戦ゲーム」的な報道姿勢は問題だ。
日本の行く末が左右される国政選挙という緊張感が感じられない。

「ためしてガッテン」などのお気楽番組は安心して見られるが
真剣な国家意識の欠けた公共放送は看板を下ろすがよい。

ところで
「景気回復」は我々の喫緊の願いであることは間違いない。
その前に
私はまず日本人全体の自信が復活しなければ結局駄目だろうと思うのだ。

持続的で活発な経済活動と、雇用・需要の好循環が生まれる
その出発点は、やはり活発な人間精神に宿るからだ。

本来人間は自分が誰かの役に立っていると思うと
骨身を惜しまない。
そこに精神の喜びと満足があり
それが公の役に立つことは名誉でもある。

今の日本はどうか。
自分以外に尽くす精神の生きがいはあるか。

「日本人は働きすぎ」と一時期盛んに言われた。
労働を苦役と捉えて余暇と対立させる見方は
いかにもマルクス主義的な20世紀の遺物だが
それが日本の男性の立場を今も縛っている。

古今東西、男性は家の外でバリバリ働くもので
それは苦役どころか自然の本能だと私は思う。

「家庭と仕事の両立」を夫に迫る今の日本社会の風潮は
男から本能を奪い、精神を委縮させてきたと思う。

たとえば昨今ラジオやテレビドラマで出てくる父親像は
決まって「子どもと妻に遠慮するもの分かりのよい軟弱な夫」。
その現実版が覇気のない「草食系男子」ではないだろうか。

有効な少子化対策は、日本の男を働きバチに戻せ!なのである。

**
話を戻すが、今の日本の混迷は、皆が「自分のため」にしか
生きられないことに起因する精神性のものだと思う。
公的な使命感やお国のためにという気持ちが忘れられて
バラバラ勝手に生活している。

実際には日本という一つ屋根の下に暮らしながら
国をまじめに考えることがない、いびつな生き方。

国のためにという素朴な思いを無理に否定して
個人主義をことさら押し付けてきたことが
私たちの心を捻じ曲げてきたと思えてならない。

畢竟、景気の回復は健全な人心の回復なしにはありえない。
「国(公)のために頑張ることの意義」を
今再び多くの人が共有することが肝要で、その意識改革は政治にしか
期待できない大きな「一喝」である。
選挙ではその点に触れているかどうか、
とりわけ子供たちへの教育をどう語っているかが
争点となるべきではないのか。

私が見るかぎり、日本人の精神の問題を直視している政党はふたつ。
ひとつは平沼赳夫代表の「たちあがれ日本」であり
もうひとつは山田宏党首の「日本創新党」である。
戦後60年の無為無策のツケが招いた今の低迷を喝破しているのは
彼らだけだと見る。

日本を想う大先輩たちが「もう黙っていられない」と
立ち上がったことに感謝せずにはいられない。

マスコミは嘲笑し無視しても私たちは無視してはならない。
テレビには流れない彼らの言葉をぜひ確かめてほしいと思う。
民主党は自民党の最悪の亜種である。

民主党こそ自分たちの利益のためには言動不一致、
手のひらを返して立ち回り、口先で国会と国民を愚弄して恥じない
軽薄なる連中である。

自民党は「腐っても日本人」だった。
戦後の腐敗を私たちとともに味わってきたのだ。

だが民主党は、自民党を腐らせて崩壊させた勢力が
殻を食い破って表に出たものにすぎない。
それは外国勢力であり、また日本の伝統を憎む一部の過激思想派に
利用される人々である。
「外国人参政権法案」、「選択制夫婦別姓法案」を通そうとした
民主党の危険な本質を私たちは忘れてはならない。

「自民にお灸をすえる民主党投票」はもう繰り返してはならない。
それは私たち自身をさらなる苦境に追い詰めるだけである。
だが自民党もまた膿を自力で排出しなければ存在意義はなくなる。
「たちあがれ日本」「日本創新党」と協力して、日本を本当の
意味で再生する底力を出してほしいと願うのみである。

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