大雪山の沢登り 〜トムラウシ川とワセダ沢(前編)

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ヒサゴ沼の夜明け(大雪山)

今年のお盆休みに、所属する山岳会の夏の恒例行事「集中山行」に参加してきました。
「集中山行」とは予め決められた目的地へ複数パーティーがそれぞれの好きなコースを辿り合流する山行です。
今回の私たちの目的地は、大雪山の最奥地トムラウシ山域の「ヒサゴ沼」でした。美しい水面と白い雪渓が印象的な心地よい場所です。

 

■ トムラウシとヒサゴ沼への道

大雪山の奥座敷トムラウシ山域に入るには多くのコースが考えられます。
大きく分けると次の3パターンになるでしょう。
① トムラウシ温泉 から直接登るルート
② 他の山からの縦走をして登るルート
③ トムラウシ山域を源流とする沢から登るルート

トムラウシやヒサゴ沼は大雪山の中心「ヘソ」にあるので、体力と時間がかなり必要です。
今回は二組が旭川方面、一組が十勝方面、もう一組が層雲峡方面と、それぞれのルートからヒサゴ沼を目指して大雪山に入りました。
(下に ルート図を作りましたので興味をお持ちの方はご覧下さい)

Hisago-Routemap

大雪山中央部<トムラウシ付近>ルート図 (点線は夏道、実線は沢登り)

■ トムラウシ川の遡行

私は十勝側から入る”沢3班”(トムラウシ川〜ワセダ沢)として先輩のS氏と二人でチームを組みました。まずトムラウシ川に向かいますが、車が入れる林道の最終地点は川からまだかなり手前です。通行止め地点に車を置き、草が生い茂り倒木が遮る荒れた野道を2時間ほど歩かねばなりませんでした。
やっとトムラウシ川に着いて水量を見ると股下くらいまであります。実際に渡渉を始めると、見た目よりも水勢が強く浮き石が多いため、神経と脚力をかなりすり減らしました。

 

■ 地獄谷でのテント泊

ハードなトムラウシ川を遡行すること実に5時間。日も暮れかかる18時過ぎに「地獄谷」に到着しました。ここは北海道でも沢登りをする人以外はきっと知らないと思われる秘境です。
白い噴煙が数カ所から立ちのぼり周辺には硫黄の匂いが立ちこめて、まるで温泉街のようです。冷たい川水の底から一部熱湯が湧き出て、うかつに手を入れると火傷しそうです。川沿いの土手上にテントを張りましたが、地面に手を触れるとポカポカと温かい。これが「床暖房のテン場か」。話には聞いていましたが、実に不思議な場所でした。他に誰もいない静かな夕べです。
地獄谷には魚はいないので、予め途中の清流で釣ったイワナを焼いて晩のおかずに頂きました。初日から相当疲れた私たちは、ワイン一杯ですぐに眠りに落ちてしまいました。

■ 地獄谷を出発「いよいよ本番」の二日目

翌朝は日の出とともに目が覚めました。夜は温かくてよく眠れましたが少し喉が痛い。硫黄にやられたのかも知れません。そこはそれ、昨日よりも更に素晴らしい晴天で爽やかな空気に気分最高。
今日はひたすら沢を歩き滝を登り、稜線に出てトムラウシに登頂し、夕方迄に仲間のいるヒサゴ沼に辿り着いて宴会!という楽しいプランですから、さっさと朝飯を食べて遡行準備にかかります。

朝の光を受けて白く煙る地獄谷に別れを告げて、これから進む「五色沢」に入っていきます。
五色沢を1キロほど登るとやがて左のヒサゴ沢に入り、さらに300mほどで左のワセダ沢に入ることになっています。しかし沢は土砂崩れや大雨で景観や状況が変わり易いので、地図だけではなく実際の地形をよく見て慎重に判断することが重要なのはもちろんです。

■ 美しいワセダ沢に入渓する

ワセダ沢は北海道でも三大沢のひとつに数えられる美しい沢と聞きました。
この沢には30mの大滝があるわけでもなく、高い技術で険しい崖を登る場所もないようです。
それでも高い評価を得ているのは何故だろうか、それを知りたいと思いながら遡行しました。
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途中の美しい淵で、今夜のおかずのイワナを8尾釣ると、すぐに捌いて塩にしました。こうしておくと腐敗を防げると同時に、あとで水洗いをすればヌメリと臭いがきれいに落ちるわけです。

五色沢を2時間ほど行くと分岐が現れました。右に行くと五色が原に突き上げる沢です。我々は左のヒサゴ沢に入ります。青空と緑の森が実に美しく、涼しい沢の気持ちよさを満喫しながら進んで行きます。やがて左から注ぐ小さな流れに出合いました。ほんの小さな地味な支流ですが、これがワセダ沢なのです。地図では本流のヒサゴ沢と同規模に表記されていますが、実際は本流の1/3ほどの水量にしか見えませんでした。

ワセダ沢はとても穏やかな森の中の平坦な流れで、本当にこのままトムラウシのそばまで詰めて行けるのかと思うほど頼りない沢に見えました。しかしやがて少しずつ高低差が出てきて様相が変わり始めます。段差のある大きな岩の間を勢いよく流れ落ちる清冽な水、緑の苔とフキユキノシタなどの瑞々しい植物が美しく彩り、ダケカンバの樹林の間からは青空と稜線、白い雪渓が望まれます。「北海道三大沢」の名はこの美しい渓流風景に冠されたのに違いない、そう思いました。

やがてこの沢の核心部(最難所)、1300mから1400mにかけて連続する小〜中サイズの滝が始まりました。大抵は滝の脇の岩を慎重に登ればよいのですが、ひとつだけどうしても巻き道(滝を避けて手前の薮を登り、滝の上側に出る道)を使うしかない滝が出てきました。わずか5m程度の滝ですが、巻き道が非常に不明瞭なのです。とにかく進むしかないので右側の崖に取りつき、フキや草の根を掴んでよじ登ります。密生する灌木の枝に動きを阻まれ、土の崩れやすい足場に苦しみながら、ようやく滝の上に出ることができましたが、さすがに気力と体力を消耗しました。

滝を登ったり高巻くときはやはり緊張します。一般登山道と違い自然の薮や崖を状況に応じたルート工作で通り抜けるわけですが、足場が脆い崖や、手で掴める岩や枝がない急斜面といった場面は何度経験しても怖くて冷や汗が出ます。たとえ5mの小さな滝でも、落ちて頭を打てば天国行きという点は、大きな滝と変わりありません。
この緊張感と登りきった時の嬉しさが沢の醍醐味のひとつであり、私たち人間が便利な生活の中で失いつつある「生きている実感」を強く感じられる貴重な場面なのかもしれません。

<前編 ここまで>
(次回はワセダ沢を詰めてトムラウシの麓の北沼へ出るところからです)

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