15年ぶり涸沢カール訪問記(後編)

◆雑感その1 山の挨拶ルール

前穂高を望む(横尾)

橋を渡る登山者たちの声で目が覚めたら六時半だった。
今日は戻るだけなのでゆっくりでよいが、体はすぐに動いた。
少ない酒が変な夢を見せたのか、寝返りを打ち続けたせいで体の節々が痛い。
外を覗くと他のテントはほとんど撤収していた。
空は曇っていて暑くもない。歩きにはちょうどよいだろう。

荷造りをしてテントを撤収し、八時過ぎに横尾を出発した。
徳沢へ向かって歩く。前から来る人の群れ、群れ、また群れ・・・
「こんにちはー」「こんにちはー」と挨拶を交わす。

初めのうちはにこやかで丁寧な声が出る。ああ、みんな元気ですね、お気をつけてと思う。
だがそれがひっきりなしに続くうちにウンザリして、遂には下を向いて黙って過ぎる。
そのとき感じる軽い罪悪感が、鬱陶しい。
この挨拶のルール、誰が広めたのだろうかと恨めしく思ったりする。

◆雑感2 お手手つないで

横尾から徳沢へ向かう森の道

徳沢園でひとやすみ。お汁粉を作って飲む。これが元気が出る。
薄曇りで、風が気持ちよい。
出発する。明神まで1時間かからないだろう。
日の差し込む気持のよい林の中をどんどん歩く。前をゆくカップル登山者。
見るとしっかり手をつないでいる。
若い二人だな、微笑ましいではないか。



しばらく同じ歩調で、彼らの後ろを歩くことになった。見るとはなしに見る。
この二人、片時も手を離さない。ぴったり肩を寄せ合っている。・・・少し呆れてくる。
エイ顔を見てやれ、と追い越して振り返ると、歩きながら微笑み見つめ合い二人だけの世界。
毒気を抜かれ、お幸せにね・・と念じて、もう振り返らずに早足に遠ざかった。

昨今、山でお手手つないで歩く男女が多いが、いい歳して幼稚園児みたいで不自然である。

◆雑感3 山ガール

明神岳を望む(明神にて)

「すみませーん、お先に失礼します・・」
後ろから声をかけ、元気よくスタスタと追い越していった女性ハイカー。
小柄だが足が速い人だった。小気味好いリズムで遠ざかって行く。

明神に着いて休んでいると、さっきの彼女が近くのベンチに座っていた。
彼女はさっと飲み物をのみほし靴を履き直すと、凛々しく立ち上がりザックを背負った。
隣に座っている女性に軽く会釈をして、颯爽と上高地へ歩き出した。

一連の動作がじつに自然で、滑らかで優美で、僕はその人の去りゆく姿に見とれてしまった。
気持ちのよいものを見たと素直に思った。

ありがとう
山ガール

あんな人がいるのだから、山ガールも馬鹿にしたものじゃないな・・
僕は少しばかり頑迷だったと反省し考えを改めた。

◆雑感その4 上高地を去る / 沢渡(さわんど)温泉

人にとって芸術とは何かと考えさせられる

混み合う上高地ターミナルから、臨時増発のバスに乗りこんで沢渡の駐車場へ向かった。
「木漏れ日の湯」を楽しみにして、最寄りの駐車場に車をおいて来ていた。
上高地に通っていたころ、必ずここで汗を流し山行を締めくくったものである。

車に戻って温泉道具を持ち出すと、道路を渡ってログハウス風の建物に歩み寄る。
しかし入り口に鍵がかかっていた。
誰もいないし、どこからも入れない。今日は休みなんだろうか?

バス停の切符売り場のお姉さんに尋ねると、経営者の身内にご不幸があり営業していないとか。
そうか・・やっぱり十五年も経っていたんだよな。心に静かな冷たい風が吹き抜けた。
建物はそのまま残っている。その光景が余計に寂しかった。

少し下流の「梓湖の湯」で汗を流して、今回の山行の終了宣言とした。

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