わが歩みを刻んだ北海道と祖国への思い

いつしか二十年の歳月が流れていた。
不惑の歳を大きく超えたが精神の躍動は失わずにいたいものだ。
北国では初雪の知らせを聞く季節。私の人生もまた岐路を迎えている。

私はこの冬、故あって長年住んだ北海道を離れることにした。

秋色・十勝岳

秋色・十勝岳

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思い出とは白い霧の向こう側にある断片的な光景のことか。
歳月を経たことは寂しさでもあるが、同時に安らぎでもある。
喜怒哀楽、かつて心を燃やしたすべてが、今は優しい淡さに包まれて見える。

今度は故郷にほど近い、わが国随一の霊山の麓にある古い町へ移り住む。
そこで魂を磨き、これまでの積み重ねを統合して新しい挑戦をしたい。
人生はダイナミズムだ。機を逃さずに一気に跳ぶそのときが来た。

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私は北海道の広大な自然に、本当に大切なことを教わった。

野生動物との日常的な遭遇は、いつしか人の心に謙虚な信仰の心を育む。
私は自然科学の本質的な矛盾と、人間の尺度で叫ぶ自然保護の虚しさを痛感した。

山で過ごした野生的な夜は、いつも私を小賢しい人間から一個の素朴な生き物に還した。
鋭敏になった心で、人の感覚や理屈を超えた世界の実在を直感するのだった。

日本文明の古代的自然信仰が、実は最も現代的かつ高次元の思想であることに気づき、
体と心で掴み取ったこの感覚が、古い神道に通じていることを、大きな感動とともに悟った。

大切なことはすべて昔にあったのだ。私たちは昔を忘れてはならない。

夜明けの知床峠

夜明けの知床峠

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欧州と日本という対照的な少年時代の生活環境が、私に自然な祖国愛を芽生えさせたが
そのことで私は公の重要な問題に関し、つねに少数派として孤立する宿命を背負った。
戦後の巨大な偽りの構造に安住する人々を寂しく眺めるしかできない無力な己を思う。

「思ふこと 言はでぞ ただに止みぬべき われと同じき人しあらねば」(在原業平朝臣)

何も言うまい、自分と同じ人などいないのだから、と唇を噛み世情を静観する毎日。
それでも思いを上手に伝える力が欲しいと願い続ける。

ひとり早い秋

ひとり早い秋

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いま60〜70代の団塊世代の行動が、静かな社会問題になっていることについて思う。

かつて無軌道な若者たちを「新人類」と揶揄した団塊世代が、結局同じ場所に行き着いている。
「今だけ・金だけ・自分だけ」の醜い世の中で、後から生まれた世代は戸惑い苦しんでいる。
国民の間で信頼と連続性が壊れていく。かつてGHQ占領軍が蒔いた種はいま結実したわけだ。

だが不自然は必ず矯(た)められるのが歴史の真実である。

団塊世代の堕落に対する反発は、世代交代による社会の自然治癒力が働いている証拠である。
これを三千年続くわが国ならではの伝統の力、生命力と呼ばずに何と呼ぼうか。
昔を取り戻す意識と努力は、国の活力を蘇らせる営みなのだ。
伊勢神宮の式年遷宮しかり、出雲大社の大遷宮、春日大社の式年造替しかり。
私がいま祖先の墓のある故郷に帰ろうとするのも、その意識が大きく関係している。

黄昏に吹く風

黄昏に吹く風

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大好きな北海道。私のこれまでの人生をひとまずここに置いていく。
そして、私の写真はこれからもずっと続いていく。
そこに断絶というものはない。すべてが連続して未来へ流れてゆくのである。
私も、今をともに生きる人たちも、墓の下の祖先たちも、まだ生まれぬ子孫たちも。

ありがとう、北の自然の生き物たちよ。しばしお別れだ。
またいつか、その一員に戻れる日まで。

これまでの歩みと、出会った人々への、限りない感謝と愛惜を込めて。

限りなき明日を夢見て

限りなき明日を夢見て

わが歩みを刻んだ北海道と祖国への思い」への2件のフィードバック

  1. やっさん 投稿作成者

    お茶と蜜柑さん、いつも温かいコメントをありがとうございます。
    栃木のお友達と一緒に札幌へ来られた時のこと、よく覚えていますよ。懐かしいですね。
    帰郷は昨年から考えておりましたが、最終的に決めたのはこの春でした。霊峰富士の麓で新たな境地を目指して励みます。北海道に慣れた目に本州の自然はどう映るのか?とても楽しみです。
    20年の蝦夷地暮らしが自分をどう変えたのか(或いは相変わらずか?)曾遊の地で何か感じることでしょう。
    ともあれ近いうちにお会いできますね、嬉しいです。これからも末長くよろしくお願いします。

    返信
  2. お茶と蜜柑

    御無沙汰しております。活躍の場を北海道から移すのですね。そう言えば、独身時代のまだ会社勤めをしていた頃、友人を伴って初めて北海道を訪ねた時の事を思い出しました。10年ほど前には、所縁のある雨竜町へ行ったことがあります。私の子供たちは、安田君の撮った動物の写真を見るのが好きでした。いつか、家族で北海道の自然を満喫したいものです。では、こちらでお会いできる日を楽しみにしております。

    返信

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