月別アーカイブ: 2010年4月

桜に見ているもの

Hiyodori-0401-D-099

4月ももうすぐ終わる。
北の大地にも遅い春の気配が漂う。
桜の季節がもうすぐやってくる・・・

折からの天候不順で例年より開花の遅れが見込まれている。
大型連休中のお花見にはどうやら間に合わないらしく
たくさんの人が落胆しているのだろうと思う。

自然とはそういうものであると、分かってはいるのだが・・・

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それにしても
桜の花の美しさとは、いったい何だろう。
皆がこれほど熱中し心ときめかせて待つ、あの花に
私たちは本当は何を見ているのだろう。

欧米人も満開の桜を見て美しいと感じるけれども
その花びらが散りゆく姿に美を感じることはないという。

だが私たち日本人は春風に舞う花吹雪にため息をもらし
池の面に浮かぶ一片の薄紅色にもしみじみと感じ入る。

これこそはDNAのなせる業にちがいない。
私たちの民族が長い歴史を通じて培ってきた共通の記憶
それは私たちを遠い古代のご先祖様と結びつける。
そして「自分のルーツ」をはっきりと確信する拠り所を与える。
私たち日本人は幸せな民族だと、つくづく思うのだ。

私たちが桜の花を見ているとき
きっと魂は古(いにしえ)の先祖(みおや)と語り合っているのだ。
目に見えない精神のつながりをそこに感じているのだと思う。

久方の 光のどけき 春の日に
しづ心なく 花の散るらむ
(紀友則/古今和歌集)

平安の昔の歌人が詠んだ歌を、1,000年後の私たちが
何の違和感もなく暗唱し、その心を感じ取ることができるとは
考えてみれば驚くべきことである。

この連続性、この確固たる精神のつながり!
何と素晴らしいことだろうか。
この日本という国が育んできた深い精神性の象徴
それが桜の花であると思えてならない。

(写真:桜とヒヨドリ/東京・九段)